烽オれないけど――ごらん、鶴や、この下を流れて[#「流れて」は底本では「洗れて」]いるのが千曲川。向うの、あのそれ、ズーッと奥に、うっすり煙のかかった山ね。あれが浅間。
鶴 そうでございますか。きれいでございますねえ。私はこういう所は生れて初めてでして、なんか、夢でも見ているような気がいたします。
春子 そうね、私もはじめてこの辺に来た時には、そんな気がしたわ。頭はハッキリしていながら、なんか気が遠くなるような、ね。あれは学校を卒業する前の年だったから、ええと、もうあれで七八年になるわ。

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鶴に抱かれた幼児が半ば目をさましてクスンクスンとグズリはじめる。
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鶴 おおよしよし。
春子 よちよち、敏ちゃん、そろそろ、おしっこじゃないかしら?
鶴 いえ、汽車を降りる直ぐ前におしめ代えましたから。ほら、直ぐまたおねんねです。(幼児グズっていたのをやめる)
春子 あら、寝んねしながら笑ってるわ、この子は。夢でも見てるのかしら?
鶴 そうでございますねえ。

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窓の外、かなり離れた川原で馬のいななく声。
[#ここで字下げ終わり
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