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春子 (そちらを振返って)ああ馬だわ。……仔馬は近ごろ居ないの、金吾さん?
金吾 仔馬でやすか? いや、いるにゃいやすけど、当才の奴ア、もうだいぶ大きくなっちまって。
春子 そう。……(鶴に)いえね、最初にここに来た時に――川原を飛びはねている小さな小さな仔馬を見たのよ。それを思い出したの。私がそれを見て泣き出したの。するとお父さまが――(言っている内に涙声になっていて、そこで、こらえきれなくなって言葉を切って泣き出す。)
鶴 ……奥様、どうなさいました。
春子 いいの、いいのよ鶴や。(涙声)あの時はノンキに歌なんか歌っていた春子が、今こうして敏子という赤ん坊持って、同じ道を、やっぱり金吾さんの馬車で行ってる。……お父さまがごらんになったら、なんとおっしゃっただろう?
鶴 でも奥さま、そんな事を今おっしゃっても――
金吾 あのう、どうかなさいやした――?
春子 (すこし笑って見せて)いえね金吾さん、昔のこと思い出して……そいで父のこと――(言っている内に又泣き出す)
鶴 (少しおさえた声で金吾に)いえね。お父様がパリでおなくなりになって――それを思い出しなすって。
金吾 え? す
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