@き合いなら、あんたの方がよっぽど悪いよ、酔っていておぼえは無えかもしれないけど、なんでもねえ事言いがかりをつけて、馬流の壮六さんのこと、あんたあ、馬乗りになって、なぐつたと言ったら! アッと言う間に三、四十はなぐつた。そいで、金吾さんが、あんたを突き飛ばしただけだわよ。それを根にもって、こんな所にまで仕返しに来るなんてあんたもバクチの一つも打とうという人が量見の狭い話じゃねえの。
喜助 量見が狭いか広いか知らねえがこんで唯の仕返しじゃねえのだ。その証拠に、これを見ろ、ハッキリ勝負を附けた上からは、後はうらみっこ無しという事で一緒に飲もうと思って、こうして一升さげて来てるだ、な、いいか? そもそも俺も以前は宮角力では大関まで取った男だ。それがいくら酒えくらっているとは言うじょう、あんなにわけなく投げ飛ばされたと言うのが、どうにも腑に落ちねえのだ、角力四十八手の表にも裏にも、あんな手はおいら知らねえ。アッと言う間にオガラのように投げっ飛ばされて目えまわしたつうのだ。何がどうしただか、そこんとこが腑に落ちねえじゃ、どうにも気色が悪くって、おさまりが附かえのよ。さあ、やるべえ金吾、仕度しろい!
お豊 へえ、男なんて、おかしな事に血道をあげるもんだなし。
喜助 男だあ無え、喜助さまだ、血道をあげてるのは。俺あそったら人間だ。得心も行かねえで投げっ飛ばされっぱなしては、気色が悪くって、この喜助は人中に出られねえんだ。よ、金吾、この土間でやるか、それとも外に出るか?
金吾 こらえてくれろ喜助さん。わびろとあらばわびるからよ。
喜助 くそ、わびてなんぞほしかねえや! おのしも男だらず? だら、来いよ!
お豊 馬鹿だねえ、そんな――よしてちょうだいよう!
喜助 馬鹿は先刻承知だい! さ、来う!
金吾 こらえてくれ、あん時あ、壮六もお前も俺も酔っていただから――
喜助 ようし、だら、この酒え先きに飲んじまって酔った上でやるべし。さ! おい、お豊、その茶わん、取ってくれ。
お豊 (カチャリと音させて茶わんを出してやりながら)ホントに、そんな阿呆なことやめにして、気持よく飲んだらええ。(一升徳利のセンをスポンと抜いて、ゴボゴボと注ぐ)
喜助 おっと! そっちにも酌してくれ
金吾 弱ったなあ
喜助 弱ったと言うアイサツはあるめえ。グッと飲めい! さあ飲めい! ほらよ!(相手に無理につづけざまに飲ませて自分もゴクゴクと飲む)よ、お豊、お前も飲んでくれさあ!(と酌をする)
お豊 私あよござんすよ
喜助 よござんさねえよ、こんで、もともとの起りと言うは、お前だかんな、
お豊 へえ、どうして、さ?
喜助 しらっぱくれるのはやめにしろい。そうだねえか、先ず第一番にこの俺がお前におっ惚れてよ、あんだけ笹屋に通いづめて言うこときけ言うこときけで、いくらそ言っても聞かねえで、四十八センチぐれえの肱鉄砲くらわしときながらよ、そのお前が、どこが好いだかこの金吾に惚れちゃって、さていくら通って来ても、様子がいまだにモノにならねえくせえや。これ又片想いで、そこら中べた一面にイソのアワビだらけで、なんてまんがいいんでしょとくらあ、へっ! さ、もっと飲め、金吾!(金吾の茶わんに酒をつぐ)
お豊 まあ、ふふ!(と、喜助の怪弁に思わず笑う。金吾も失笑)
喜助 つまり、そのモツレだなあ、元はと言いば――と思っているのが、そこが畜生のあさましさだ。お前は大きに、この金吾に惚れている気でいるなれど、ホントはこの俺に惚れてんだぞ。人間自分の事あ自分にゃわからねえもんだ。かわいや、なんにも知らねえわやい、と言うのがあるんだ馬鹿、お豊、お前がホントに好きなのは金吾じゃなくて、この俺だぞ。気をつけろい!
お豊 そう、そりゃ、ありがたいわねえ。じゃま、私のホントに好きな人にお酌をしましょ。(と、この場の始末を笑い話にしてしまえそうなので、笑って言って酌をする)
喜助 (それを受けて)冗談いってんじゃねえんだぞ俺あ。まじめだぞ。イヤだイヤだと好きなだけ言ってろてんだ。もう一年もしたら、お前はチャーンと喜助の女房でおさまっているべし。てへへ……村の娘と畑の芋は、かぶり振り振り子がでける、と言ってな。てへへ、俺が予言をしておくぞ。俺あ今でこそ、へえ、バクチなんぞ打っているが、もとはと言えば、年期を入れた大工だ。そうなったら俺あチャーンと大工をかせいで、可愛がってやるからな。安心して、子供の十人も産めよ、てへへ。なあ金吾、どうだ?
金吾 はは、そうだそうだ。
喜助 そうだそうだなんずと、俺が酔って言うと思って心安く言うと聞かんぞ。てめえと勝負をつけるつうのは、まだ諦らめちゃいねえからな、……んだからよ、俺あ言ったんだ。野郎め、今日こそ白か黒か決着をつけべえと思って海の口で一升買って、ここさやって来てたら、
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