ゥしに通っていると言うんですよ。シトをバカにして。ばかす気なら、いくら私だって、もうちっと金が有るとか様子の良い人に目をつけますよ。金は、まあ、大してお有りじゃ無いようじゃし、そんなにゴツイ大きな手をしてヌーッとばっかしている人だらず?
金吾 (思わず笑い出す)はは、まったくだあ、はは!
お豊 やしょう? ふふ。第一、人をばかすような甲斐性がありゃ、僅かばかしの借金にしばられて笹屋なんておかしな家に、三年も四年も誰がつとめているもんかな。これでも身うけをして女房にしてやろうという人の一人や二人はいやすからね、トックの昔に足を洗っている筈だ。
金吾 んだが、全体その笹屋の借金と言うなあ、お豊さん、どん位あるのかな?
お豊 なあに、千円とちょっとですけどな。
金吾 千円か。……俺のところにも、春になりゃ小麦の代が取れるから、千円ぐらいは出来ねえこたあねえ。
お豊 受出してくれようとおっしゃるの、あんた?
金吾 やあ、そういうわけじゃねえけど、お豊さんつとめている気が無ければ、いつまでも気の毒だから――
お豊 でも、そういう話をする時は、みんな男の人は女房になってくれとそう言って――
金吾 いやいや、ちがうんだ。俺あ、そういう事を言ってんじゃねえ。そうじゃ無え。ただ俺あ、お豊さん好きだからよ。いや、そ、いやさ(と、ツイ好きという言葉を使ってしまって、うろたえる)好きと言ったって、俺あ、ただこの――へえ、女房なんて、俺ア駄目だあ。
お豊 でも、壮六さんは、あんなふうにあんたのこと心配して――
金吾 壮六はなんと言ったか知らんけど、あやつは一人がってんの野郎でなし、俺にゃ女房もつ気は無えです。そったら身分で無えもの。
お豊 身分? 身分たあ、なんの事なの?
金吾 (ますますあわてて)いや、その――こんな所に、こんな風に暮していて、女房だなんて、お前――へえ、駄目だ俺あ。(と既に言っている言葉が意味をなしていない)
お豊 ……(ちょっと黙っていてからポツンと)その黒田の春子さんのこと?
金吾 うっ?
お豊 春子さんのことがあるから?
金吾 そ、そんな、困るよ。そんな事あ無えです! 大体そんなお前――そんな事言ってもらっちゃ、俺あ、まあいいけんど、春子さまに御迷惑をかけることになっちゃ――もう御主人もちゃんといらしゃるだから。
お豊 その御主人と仲よく、花の都のパリで、それこそ派手な暮しをなすっているんでしょ? にくらしいわねえホントに! その、エハガキと言うのを見せてちょうだい金吾さん。
金吾 困るよ、そんな――
お豊 だって、そうなんでしょ?
金吾 なにが?
お豊 春子さんのためなんでしょうが?
金吾 だから、なにがよ?
お豊 あんたがおかみさん貰わねえのがよ? ……(返事なし。ビューと戸外の風の音)え、そうでしょ?
金吾 そんな――

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ヒューと戸外の風の音。やがてその音の中から男の叫び声が近づく。
[#ここで字下げ終わり]

喜助 うわあ、ちしょうめ!(と、これは風をののしって)おおい、柳沢金吾う! やい、金吾う! ここ開けろいよう! 早く開けろうっ!
お豊 ……(声を聞きつけて金吾と顔を見合せていたのが)あら、壮六さんじゃないかしらん?
金吾 え、壮六――? ……(戸口に行く)
喜助 (外で)早く開けろう、阿呆め! 寒くてならねえわい、早く開けろう!(戸を蹴る)
金吾 (戸を開けながら)誰かね?
喜助 (ガタピシと押入るように土間に入って来ながら)わあ、なんしろ、えれえ雪だあ、降るのはやっとやんだが、見ろ膝っ小僧まで雪だらけだ。へっへ――誰でもねえ、喜助だあ、海尻の喜助だよう。しばらくだなあ、金吾!
金吾 喜助さんつうと、お前は、あん時の――?
喜助 そうよ、笹屋でおのしに取って投げられた喜助だい。へへ、今日はそのお礼を言いにやっち来たぜえ。
金吾 そらあ、しかし、あん時はお前があんまり壮六ば叩きなぐるもんで、見るに見かねて俺あ、ただナニしただけで別に悪気あ無かったこって――
喜助 へっ、悪気がなくて、どうしてシトのこと三間も投げとばせるけえ? はは、あん時あ俺あ、じょうぶ酔っていたからな、どんなあんべえで取って投げられたのか、わからんかった。今日はハッキリ勝負を附けべえ。まあま、急ぐ事あ無えや。覚悟うすえてユックラとやるべし。やれどっこいしょと。(あがりばなに腰をかける)
お豊 そいつは、しかし喜助さん、そりやムチャだわ
喜助 いよう、やっぱし来てたな、お豊、外から入って来てまっ暗だもんで見えんかった。どんなあんべえだ、キツネの談判は?
お豊 なによ、人聞きの悪い事言わんとおいて
喜助 そんでも、ここの金吾をだましに通ってるつうでねえかもっぱらの評判だぞ。あっはは!
お豊 そんな事どうでもええけど、いつかの
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