車の所で郵便屋の辰公がうしろから来て喜助さんどこさ行くと言うから、落窪の柳沢金吾をぶっ殺しに行くんだと言ったらよ、このトックリをジロジロ見やあがって、一升ばっちじゃ殺すわけにゃ行くめえなんずと言やがって、人の事、本気に取らねえや、シャラクセエ郵便屋め、そんで俺あ――(とベラベラやっている内にヒョイと思い出して)そうだっけ辰公がことづけやがったっけ、ええと、キレエなエハガキだ……(と、モジリの外とうのポケットをモガモガとさがして)ああこれだ。フランスはパリから柳沢金吾あてつう。この雪じゃおいねえから、お前そこい行くなら届けてくれと言やあがった。ほい、届けたぞ。(とエハガキを金吾に渡す)
金吾 そりゃ、すまんかった。どうも……
お豊 フランスのパリから――? 又その春子さんから来たのね、どれどれ?(と覗きこんで来る)
金吾 お豊さん、そのランプに、ちょっと火を入れてくれ。
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(言われるままにお豊が、わきの釣りランプにマッチをすって火をつける音)
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喜助 すっかりもう夜になったな。だけんど、外がイヤに明るくなったようだが、どうしただ?(ドシドシと土間に足音をさせて、戸をガタンと開ける)うわあ、まるでこりゃ、まっぴるまよりや明るいや。いつの間に、お月さんが出やあがったい! たあ! 吹雪いてると思うと、お月さんだ。どうしただい、気ちげえ天気め!
お豊 (ハガキの文句を読む)……きれいな字だねえ「私は主人と共にイタリイに、来ています。か、これがそのヴェニスの――」
金吾 いいよ(とハガキをひっこめ、ふところに入れる)
お豊 あら、読ませたっていいじゃないかな。じゃけんだなし。
金吾 そういうわけじゃねえけんどよ――
喜助 (振り返って)どうしただい? まあ来て見ろいつの間にか良いお月さんだ。雪に照りかえってキレイだと云っても!
お豊 くやしいねえ! 人の気も知らないでさ、主人とイタリイに来ています! よくまあ、そったら事を書けたねえ!
金吾 そ、そんな、そんな事あ無えと言ったら! そったらお前――そんな事を、お豊さん、言ってもらっちゃ困るんだ。
お豊 いえさ、その春子さんと言うのが、とにかく人間ならば、ですよ――あら、どうするの金吾さん、そんな冷酒を口飲みなんぞして、あんた――?(金吾が立ったまま徳利から口飲みをする音がゴクゴクゴクと聞える)
喜助 どうしたつうんだ? いよう金吾、やるなあ。よし、その調子で勝負をつけべえ! さあ来い!(これは張切って土間をドシンドシンと言わせる)
金吾 ふう!(と、あおりつけた酒の息を吹いてからカタンと徳利をあがりくちに置き、土間におりる)ちょっくら、俺あ――
喜助 さ、来るか!
金吾 喜助さん、かんべんしてくれろ!(言って、喜助のわきをすり抜けて戸外へ)
お豊 どうしたの金吾さん?(これも急いで下駄をつっかけて土間へおりる)
喜助 外でやるか? ようし、雪の上で取っ組み合いも、おもしれえ!(戸外に飛び出す。ザクザクと雪を踏む音。その時は既に金吾もザクザクと足音をさせてかなり遠ざかっている)……待て待て金吾! どけえ行くんだ? おーい!
お豊 (これも戸外に出て来ている)金吾さあん! どけえ行くのう! 金吾さあーん!
喜助 全体どうしたつうんだ、あん奴あ?
お豊 その、黒田さんの別荘さ行くのよ。おおかた。
喜助 え、黒田さんの別荘と? こんな晩になって、この雪ん中を、気でもふれたか? ああれ、見ろ足跡だけで、もう姿あ見えねえや!
音楽 (短かく)
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音楽やんで、すこし離た所から三味線の爪弾きの音。
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壮六 いや、もう酒あ、いらん。……そうだったのけえ。そこまで金吾が春子さまのことをナニしてるとは――それほどまでのナンだとは実あ俺も思っていなかった。豊ちゃん、お前の気を引いたりしたなあ、俺が悪かったかんべんしてくんな。
お豊 いえさ、わびたりされちゃ、私が困るよ。そりゃ金吾さんの事をナニしたのは、はじまりは壮六さん、あんたから言われたからの事だけんど、私あツイ本気であの人を好きになっていただからなあ。又、いい人だもの。いじらしいと言うか、いえさ、あんな気心の良い人を、それほど迷わせちまった春子と言う人が面憎くて、ようし、意地でも私が金吾さんをこっちい向かせて見せずと思い込んだのだわ。向うがどんな良い女だか知らねえが、私も女ごだ、チャーンと振り変えて、見返してやらず。そう思ったの。それがね……その、喜助と一緒に金吾さんの歩いて行った足跡が、裏白な雪の上にポツポツと点々になってるのば見ててね、フラフラとついて行って見る気になってさ……喜助さんも一緒について来たの、やけに明るいお月さんでなあ。二人でトットと附い
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