と約束していながら、急に群馬県の方へ出張しちゃって、上野へは敏行さんに連れて行ってもらう事になっちゃったり。
敦子 そう言えば長与様は、だいぶおそいようね。もうそろそろ半よ、十二時。
春子 あの大学生は、おしゃれだから。それに今日は敦子様と言う美人が一緒だって敏行さん御存知だから、念入りにお仕度中でしょ。
敦子 まあ、おぼえていらっしゃいまし!
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ドアにちょっとノックの音がして。
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鶴 (ばあやと言ってもまだ中年の女)ごめん下さいまし。
春子 ああ、鶴や、どうして? 敏行さん、まだ見えないの?
鶴 はあ。ただ今お見えになりまして……
敏行 (足音をさせて廊下口から入って来て)やあ、お待たせしました。(敦子と春子に)今日は。
敦子 今日は。(辞儀)
春子 敏行さん、御苦労様。でも随分待ったわ、ねえ敦子様?
敦子 ホホ……(静かに笑っている)
敏行 じゃ直ぐ出かけますか?
鶴 でも長与のお坊ちゃまに、お紅茶でも差し上げましてから――
敏行 いや、いらない。どうせ春さんたちのお伴だ。それに今日は上野へ行く前に銀座を案内しろと言う御註文だもの。どうせ千疋屋ぐらいはおごらされるのは覚悟しているんだから、そっちで、おっそろしく高いチョコレートかなんか飲みます。
春子 まあ、にくらしい! あんなことおっしゃるから、いいわ鶴!
敦子 ホホ……
敏行 はははは!
鶴 さよでございますか。それでは。(その前を三人が笑いさざめきながら室を出て行く)
音楽 (オルゴールの曲。今度は三十分おきの簡単な曲)
音楽 やんでチョット静かになってから、寂しい、はるかな山鳩の声が、ポッポー、ポッポーとひびく。
金吾 うっ!(と言って木の根元を切る。その音がガッ! と鳴って森にこだまする。つづけて二打ち三打ち)
壮六 (笑いを含んだ声で)なあおい金吾よ!
金吾 おいよ!
壮六 この夏、黒田さまを案内して来た馬車の中でよ、なんでお前、あんな出しぬけに泣き出しただ? うん?
金吾 ……(返事をせず木を切る)
壮六 どうしてだ? ありゃ仔馬あ見てる時だったが、この辺で仔馬見るたんびに泣いてたら、それこそ、眼なんぞつぶれるべし。……なんちつたつけ、春子さまか、あのお嬢さんが涙あ出したから、お前も泣いたのけ? うん? 何とか返答しろ!
金吾 ……(木を切る。その音)
壮六 そう言えば、あの前からおのしは、あのお嬢さんのツラばっかし見ていたなあ。
金吾 ……(木を切る)
壮六 おかしな野郎だ、おのしと言う男も。
金吾 壮六、お前もう帰れよ試験場へ。仕事の邪魔だ、そこでいつまでもゴヂャゴヂャしゃべくってると。
壮六 わっはは! 帰るともよ、はは。誰がこんな寒い所にいつまでも居るもんだ。小諸の大工が、もうへえ材木はすっかりきざみおえたから、こっちがよければ直ぐに運送に頼んで四五日中にでもここの建て前にやって来るつうから、県庁の斉藤さんに頼まれて様子見かたがた、やっち来ただけだ、俺あ。こいだけ地形が出来てれば、オーライだらず。
(枯小枝をポキポキ言わせて歩き出している)戻ったら、斉藤さんにやそう言っとくからな。
金吾 そうか、御苦労だ。あずかってある銭あ、まだ足りてるからな、そう言っといてくれ。黒田様の方に俺も手紙出すにゃ出すが。
壮六 (歩いて、ゆっくり立去って行きながら)年内にゃ、するつうと、ここに別荘が建っちまうだなあ。そいで、来春になると皆さんでおいでる。あのお嬢様も御一緒だらず、お前はここの世話やき頼まれてっからな、まあま、金吾、あの人見ちゃ泣き出して、よ、眼え泣きはらさねえ用心するだなあ!
金吾 野郎! なによぬかすっ!(大なたを、振りかぶる)
壮六 (小走りに逃げる真似をしながら)はははは! じゃ、あばよ!(遠ざかりながら)馬流のお祭りにゃ、ごっつおして待ってるから、きっと来うよう!
金吾 おう! フフ!(見送りつつ軽く笑う)
壮六 はは!(と森の奥に笑声をひびかして歩きながら、盆踊りの歌)
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盆が来たのに、踊らぬ人は、木ぶつ、金ぶつ、石ぼとけ……
(そのひなびた明るい歌声が森のかなたに)
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金吾 さあて!(と低く言って、再びナタを振りあげてガッと木を切る。その音)
音楽
[#3字下げ]第3回[#「第3回」は中見出し]
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壮六
金吾
勝介
敏行
春子
敦子
香川
[#ここで字下げ終わり]
壮六 (語り) その次ぎの年の春に別荘はきれいに出来あがって、その夏から黒田様御一家がズーッと毎年おいでるようになりやした。そうでやす、あれは明治の四十一年ごろですからねえ、今でこそああして、いくらか開けやしたが、その当時は野辺山かいわいには狐や狸はも
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