A俺あ二三日ついて行ってくるからちってな。
お仙 でも、こんなに戦争恐がっとるおばさんが、どうしてそんな東京へ戻りてえずら? よしゃいいにな。
金吾 それがな、敦子さまから手紙が来て、ほら、お前も知ってる敏子さんがお嫁に行く筈になっていた杉夫つう人が、今度出征するそうでな、いや敦子さまの方では、別に上京して来いなんずとは言って来てねえが、春子おばさん、どうしても上京するつうてきかねえから。金太は海尻の内で待っててくれ。どうで帰りには、海尻の方で降りて、一緒にこっちへ上《のぼ》って来べえ。
金太 どうしたんかなあ、おばさん、きんにょ[#「きんにょ」に傍点]も俺が、東京へなんぞ行ったって、大戦争が始まったんだから、恐えことばかりだから行くな行くなって言うとね、しまいに泣くだよ。私は死んだって東京へ行って、敏子やそのお婿さんに逢うだと。
お仙 しょうがねえなあ。(先に行く春子に声をかける)おばさん、そんなに急いで行くと、ころびやすよ。
春子[#「春子」は底本では「敏子」] (ふり返りながら)お仙ちゃん、だって急がないと、汽車に乗り遅れるわ。
お仙 なあに大丈夫よ。野辺山なら下りの汽車が来る迄、上りの汽車は待ってるだから。
金太 お姉ちゃん、おばさんの手を引いてやれよ。
お仙 おい、(春子に近づいて、手を引いてやる。ジョンがずっと先で吠える)
金太 お父ちゃん、その荷物俺が持つべ。
金吾 なあに、荷物はいいから、そうさな、この金でな、お前先に行って東京――新宿までだ。新宿までの切符を二枚買っといてくれ。そいから、お前とお仙ちゃんの海尻迄の切符を二枚だ。
金太 あい。
金吾 そいからな、大がい今頃はトラクターは動かさねえが、どうにかすると駅の前あたりでやってることがあらあ。あれを見せると、おばさんまた恐がるからな、トラクター居るかいねえか、見てくれ。見たらな、引返して知らしてくれりゃ、傍《わき》の道から停車場に入るからな。
金太 あい!(元気よくかけ出して行く)
春子 あら金太さん、何処へ行くの?
金太 先に行って切符買っとくだ。(遠ざかり行く金太郎の声の後を追って、ジョンがワンワンと吠えながら)
春子 ジョン! ジョン!

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(少し離れたところを列車がゴウーッ、シュッと通りすぎて行く音)
[#ここで字下げ終わり]

お仙 あっ、汽車がきた!
春子 あっ、恐い! 戦争がやってくる!
金吾 ほら、始まった。(傍へ行って片手を握って)春さん、戦争だねえ、汽車でがすよ、汽車だ。
春子 金吾さん、恐い!
お仙 だから、そんなに恐いんだから、東京へ行くのはよしにしたらええのに、なあ、おばさん。
春子 お仙ちゃん、そんなこと言わないで、私を東京へやって。敏子に私言わなければならないことがあるの。恐くなんかない、恐くなんかないから。
お仙 しょうねえなあ。

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ビッューとすべての音を吹きとばして行く風の音。

駅で発車しかけた列車の機関の音。
[#ここで字下げ終わり]

金吾 (上りの列車に春子と共にのって、その窓から、下りの列車にのっている金太郎とお仙に向って)そいじゃお仙ちゃん、金太よ、俺あ行ってくるからな、海尻の父ちゃんやかあちゃんにはよろしく言ってな。
金太 あい!
お仙 そいじゃ行っておいでなし。春子おばさん、又すぐこっちい来るだよ!
春子 お仙ちゃん、金太ちゃん、あの――金吾さん、私恐い!
金吾 (その春子の肩をしっかりと抑えて)恐くなんかねえ、春さん、こらあ汽車だ。こら、ただの汽車だから、恐くなんかねえ!
(それらの声をかき消すように機関のエキゾーストと、バァーと鳴りひびく汽笛。
同時に、上りの列車が動きはじめる。それに向って、お仙と金太郎が「行っておいでなんし」、「おばさーん」と言ってるらしい声。)

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進行する列車の、ガァッー、ガタ、ガタ、ガタ、というひびき。それが、おびやかすようにしばらく続く。
[#ここで字下げ終わり]

金吾 へえ、わしには何にもわからねえんでやして、春さんがどうしても東京へ行くだちって、仕方がねえんで、俺あ、へえ、ただこうして、お連れしてきただけでやす。へえ、途中も大変でした。飛行機の音だとか、変な音をきくと、戦争がくる、戦争がくるって、ガタガタ震えなさいやしてね、駅からここ迄来る間にしたって、何度もおびえてかけ出す始末でね。へえ、よっぽどくたびれなしたと見えて、敏子さまのお顔を一目見るなり、こうして寝こけちゃったような有様。俺あ、へえ、この人をここへ連れてくるだけの用事でやって来やしたんで、皆さんからそんなこと言われても、俺には、へえ、何と返答していいんだかわからねえんでやすよ。
敏子 (二十一、二の立派な女性になっている。一生懸命な調子で)
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