煬痰ィじさん、おじさんから今更そんな、他人行儀なご挨拶をききたいとは私思わないんです。私はもうずっと以前から、金吾おじさんのことをホントのお父さんだと思っているんです。ことに、こうして母が頭を悪くしているんですから、私の一身上のことに関しては、金吾おじさんのおっしゃるとおりに、私しようと思うの。ホントにお願いですから、どうしたらいいか、はっきり言って下さい。杉夫さんは明日の朝早く、広島に立たなくちゃならないんです。だのに杉夫さんも敦子おばさんも、木戸のおじさんも、なんにも返事をして下さらない、ひどいわ、ひどい!
敦子 まあまあ敏ちゃん、あんたがそんなに一人でジレテも問題が問題で、誰にもハッキリ言えないのよ。だからまあこうして、もう時間もないし、しかたがないからみんなでこうやって一ツ部屋に集ってことを決めようとしてるんですからね。まあまあ……ごらんなさい。春さんはこうして、眠ってしまったし、ホントによっぽどくたびれたのね。まあ、一ときすれば眼が覚めるだろうから、そしたらやっぱし、春さんの意見がこの際一番大事だろうと思うの私は、それを一とき待っていましょう。
敏子 だってお母さんは、何をいい出すかわからないし、大体事柄がのみこめやしないと私思うの。
杉夫 (しっかりした語調で)だけど敏ちゃん、この問題については、僕と君との当時者の意見が一番大事だと思う。それがもうきまっているんだから、もう問題はないんだ。
敏子 だから杉夫さん、私は――
杉夫 だから僕は、こういう際に君と結婚することは問題にならんし、この際、今迄の君との婚約も一応取消したいと言ってるんだ。
敏子 すると私はどうなるんです?
杉夫 でも、出征するのは僕なんだから――
敏子 だって私はね、杉夫さん――
木戸 そうだ、出征するのが杉夫で、そして現在出征するというのが、どういうことを意味するか……とにかくその覚悟がなければなるまい、今となっては。まあまあ敏ちゃん、そこのところは、あんたも察してあげなくちゃならんと思う。わしらとしても、杉夫が、木戸家の養子になって、私達の後を継ぐ人間であるためにこれ以上のことは言えない。まあ、この際は一応結婚は取消すということにしておくのが一番よくはないかね。
金吾 しかし木戸さん、敏子さんがこれだけおっしゃっているというのはですね、よくよくの、この――
敦子 金吾さん。あなたのおっしゃろうとすることは私にはわかるけど、しかしね、今主人の言った、この際そういうわけにはいかないんで、いえ、これの親は――母親だけですけど、広島の田舎に居ましてね、まあ、こういうことについても、ホントから言えば相談しなきゃならないんでしょうけど、実は向うでも、まあ何から何まですっかり私達に任せてありましてね、こんだ入隊する前に母親とも逢って行くわけなんですけど……私達はこれ以上のことは言えない。
敏子 (その場の空気におされて、涙を流している)しかしおばさん、すると私はこのあと、どうして行けばいいんです? どうして生きていけばいいんですの?(畳に泣き伏す)
杉夫 (気持をおしこらえたまま)敏ちゃん、君がそう言ってくれる気持はありがたいと思う。しかし、その君の気持を僕は受けられないんだ。それをわかってくれ。今わからなければ、二年か三年たってから必ずわかってくれると思うんだ。
敦子 (傍を見て)あら、どうしたの春子さん? 眼が覚めた?(春子がムックリと起き直る気配)
春子[#「春子」は底本では「敏子」] うん。(子供のように頷く)
金吾 どうしやした、春さん?
春子[#「春子」は底本では「敏子」] (子供が読本でも読むように、非常に単純な言い方で、スラスラと殆ど一息に言う)……いいえ、私は眠っちゃいません。みんな聞いているの。私は敏子の母親です。敏ちゃん、私はね、頭が馬鹿だけど、私はあんたのお母さんよ、だから、私の言うとおりにしてね、あなたは杉夫さんと結婚しなくてはいけません。杉夫さんもなんでもいいから敏子と結婚しなくてはいけませんよ。
杉夫 だけど、僕はもうすぐ出征しなくちゃならない人間です。
春子[#「春子」は底本では「敏子」] 出征なさろうと、何をなさろうと、そんなことどうでもいいの。あなたは敏子をお好きでしょ? 戦争に行くのでなければ、結婚したいと思っているのでしょ?
杉夫 ええ、そりゃそうです。
春子[#「春子」は底本では「敏子」] それならば結婚して下さい。私は敏子の母親です。その、私が言うのです! すぐに結婚して下さい。
敦子 でもねえ春子さん、必ず死ぬということを考えないでは戦争には行けやしないのよ、杉夫がもしそうなったら、敏ちゃんは後に残ってどうするんですか。結婚式を挙げたばかりで敏ちゃんの方は未亡人。みすみす不幸の中に落ちることになるのよ。
春子
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