ェれにキツネにばかされたふりをする人間がいっぺえ居るようだからなし。はは、キツネの方じゃ濡れぎぬ着せられて、大きにクシャミこいてるかもしれんて。現に、ここの裏口にやって来るタヌキなんずも、今年みてえな珍らしい雪降りで、根雪になると山奥にゃエサが無くなるんで、食いものさがしにここらへんまでノコノコ出てくるだけだ。
お豊 やれやれ安心した。
金吾 うん、なにが?
お豊 いえさ、私なんずも大きに、こうやってチョイチョイここに来るのが、キツネが金吾さんだましに来てるように思われてんじゃないかと思っていたからさ。ふふ!
金吾 じょ、冗談言っちゃいけねえ、お豊さん。こうやって御馳走さげたりして来てくれちゃ、洗たくしたり、ほころび縫ったりしてくれるお前を、そんな――ありがてえと思ってるんだ俺あ。
お豊 (苦笑して)ふ! でも、考えて見るとかわいそうだわね。
金吾 うん?
お豊 いえさ、そのタヌキがさ。おなかすいてたまらなくなったのに里に出るのを、人をだましに来たかとイヤがられる。タヌキに生れついたのが運が悪るかった。
金吾 そりゃ、言ってみりゃ、そんなもんだが――
お豊 は、は!(沈みこんで行きそうな自分の気を引き立てるように、明るく笑って)私なんずも、いつまでも笹屋に出ていると、キツネだなんて言われるからさ。こんな歌、金吾さん知ってる?(いきなり、投げやりな調子で歌い出す「チンタオ節」)海尻よいとこと誰が言うた、うしろはハゲ山、前は川、尾のないキツネが出るそうな、僕も二三度だまされたあ、ナッチョラン! はは、へえだ。誰があんた、両親そろって、しあわせに育った人間が飲屋の女なんかになるもんですか。家は貧乏身よりはチリヂリ、あっちもこっちもナッチョランかっ、尾の無いキツネにもなりますがな!
金吾 ……(なにか胸をつかれて返事が出来ず、シャリシャリと繩をなうだけ。戸外に吹雪の音)……
お豊 ……でも、こんな私みたいな女ごが、こうやってしげしげと押しかけてやって来たりするの、金吾さん迷惑でしょうね?
金吾 と、とんでもねえ――俺あ、どんだけ助かっているかしれねえんだ。ただ俺の方じゃ、なんのお礼も出来ねえんで、すまんと思ってね。
お豊 (苦笑して)お礼がほしくって来ているんじゃありませんさ。ただね、私がこうやって来ていると、世間じゃ直ぐに、今の尾のないキツネと言うやつでね、笹屋のお豊がば
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