ら。わけはそれだけなの。それ以外にはわけはないのよ。いけない? でも仕方がないの。私って、自我と言うものが無いのね。生れつきかも知れないし、甘やかされてばかり育ったせいかもしれない。とにかく、こうだもの。仕方がないじゃありませんの。……ね、もうかんにんして! もう、かんにんしてよ敦子さん!(泣いている)……私のことをそれほど心配して下さるあなたのお気持よくわかるの。それから、それほど私のことを考えて下さる香川さんのこともありがたいと思うの。香川さん、今度ご一緒にここに来て下さったのだって、どういうお気持だか位、いくら、私が馬鹿でも、ちっとはわかるわ。でも、敏行とはああしてお約束したんですし、今度父と一緒にフランスに渡ってナニすれば私はもう敏行の妻なんですから。……ね、かんにんして敦子さん! 香川さんにも、かんにんして下さいって、あなたから、よく言ってね!
敦子 …………
(相手の言葉のあまりの真卒さのために、なにも言えなくなっている。遠くで山鳩が啼く。……クスンと言わせて涙をすすりあげて、言葉だけは元気よく)いいわ! 春さん、もう泣かないで。わかった!
春子 わかった? かんにんしてくれる?
敦子 (不意に涙声になって)かんにんしてあげる。でもね、じゃ、ここに居る間だけでも香川に、春さん、やさしくしてあげてね。お願い。
春子 うん。(泣き出している)うん!
敦子 なんなの、泣き出したりして? さ、じゃ、川の方へ行って見ましょ。ね、もう言わないから、ほら、春さん!(手を引いて立たせる)フフ!
春子 フフ!(泣き笑い。二人肩を抱き合って、下の方へ、下生えを踏んで歩み去る。……その消えて行く足音)

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山鳩の声。川波の音が風に乗って流れて来る。
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香川 ふっ! ……(ガサガサと言わせて炭焼ガマから這い出す)ふう! ……(立って、二人の後姿を見ていたが、やがてカマをめぐつて五六歩あるき、なんとなくビタビタと泥の肌を叩く)うむ。……金吾君!
金吾 ……(カマの中でゴトリと言わせるだけ)
香川 おい、金吾君!
金吾 ……へえ?(くぐもった声)
香川 聞いたろ君も、今の二人の話?(返事なく、カマの中でコトンと音)……へっへ! そうなんだよ僕は。……そいで春子さんを追っかけて来たんだ。へっ! 滑稽だよ! え、金吾君、滑稽に見えるだろ僕
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