金太 (置手紙を読んでいたのが)ああ、こらあやっぱり、敏子さんが書いていったもんだ。市川の方へ行ってから、保土ヶ谷へ廻ると書いてあらあ。
金吾 金太、声を出して読んでくれ、父ちゃん眼鏡忘れた。
金太 あい、読むよ「ここに来て下さる方に書いて行きます。昨夜の空襲の時に、お母さんが一郎をおぶって、すぐそこの学校の地下室に待避したのですが、いつまで経っても戻ってこないので、探しに行っても、もう誰も居りません。いつも空襲がひどくなって、いよいよとなれば、市川のハナワの方へ逃げて行くのだと、言い言いしていましたから、そちらへ行ったのかも知れないと思いますし、また、もしかすると、保土ヶ谷の奥に疎開している敦子おばさまのところへ行ったのかもわからないので、私もそちらへ行ってみます。市川と、保土ヶ谷の所番地は次の通りです。敏子」そんで、所番地が書いてあるよ。
金吾 そうか……
敏行 うー、ふん、うー――(はじめ、妙な唸り声を出すので、またノドでも詰まったのかと思って金吾と金太郎が見ると、そうではなく、口のはたに飯粒をくっつけたまま、ボロボロ、ボロボロ大粒の涙を流して、泣き出している)おう!
金吾 敏行さん、どうしやした?
敏行 おう、う……(手離しで、オイオイと、ただ泣く)
金吾 ……どうしたんでやすか?
敏行 ……(やっと泣きやんで)金吾君、君の勝だ、いかになんでも、わしももうここまで落ちてはなあ。昔から君という男を、あれだけ馬鹿にしきって、ふみつけにしてやってきたこの俺《わし》という人間――この人間の正体がこれだよ。そういう君から、こんなさ中[#「さ中」に傍点]に握り飯を貰って、ガツガツと食っている。笑ってくれ金吾君。春子のことにしたって、春子はむかし、わしの妻で、そいで子までなした仲だが、そして一方君は、それをながめて指をくわえて口惜しいおもいをして来たろうが、今にして思うと、春子という女は君のものだったんだよ。形の上では、わしの女房だったかも知れんが、ホントのわしの妻だったことは、一日だって一刻だってなかった。わしあ、あんなことで、あれ達を捨てて、ほかに二人も三人ものへんな女を渡り歩いて、挙句、上海へもちょっと渡ったが、仕事はうまくいかん、帰って来てみると、行く所もなくなってるし、その中に空襲だ、横浜で焼け出されてな、ウロウロしている中に、ヒョイと、敏子に赤ン坊が生まれた
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