痰ネいかしら。ずうっとせん、春子さんをたずねて私も一度行ったことがあるのよ。そりゃひどい所でね、事務所なんて言うよりまあ土方の飯場だわね。働いているのも荒くれた人たちばかりで、場所だって、あなた、いきなり山の横腹をたちわって、その片隅にその事務所があるんだけど、鉱石を運ぶ、あれはケーブルと言うんですかね、昼も夜もえらい音がしててね……。
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敦子の言葉にダブって、ケーブルで鉱石を運ぶ音が、ガラガラガラガラ、ガラガラガラガラ、ガラガラガラ。そして時々、何処かでジャーッという音が、谷あいに反響して聞える。
石ころだらけの道を、こちらから金吾が歩いて行く下駄の音。
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村山 (若い工夫、酔っている。ゆっくりとこちらへ歩いて来ながら草津節)……お医者さんでも、草津の湯でもドッコイショ! 惚れた病いは、コリャ、なおりやせぬよ、チョイナチョイナ。
金吾 あのう、ちょっくら、うかがいますが――
村山 (立止って、ジロジロ見ながら、まだうたっている)……惚れた病いも……なんだよ?
金吾 東洋鉱山株式会社つうのは、こちらでございやしょうか?
村山 東洋鉱山? うん、そうだよ。
金吾 ええと、で、事務所はどちらでございやしょうか?
村山 事務所はそこだが、今日は山祭りの休みで居残った連中だけで一杯飲んでるから、仕事の話は駄目だろうぜ。
金吾 いえ、あの、春子さま――黒田春子という人が居りやしょうか?
村山 春子――さま? 女かよ? ここは男ばっかりで女はいねえなあ。何をやる人だい?
金吾 さあ、それは、はっきりしませんが――
村山 ああ、炊事場のお春さんかあ! 春子さまだなんて言うからわからねえじゃねえか。お春さんなら居るよ。あすこだ。
金吾 そうでやすか、どうもありがとうござりやした、そいじゃ――(歩き出す)
村山 (歌のつづき)……惚れた病いもなおせばなおる、ドッコイショ、好いたお方と、コリャ、添やなおる、チョイナ、チョイナ――(反対側に消えて行く)
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マイクは金吾の足音について行く。飯場小屋の内部から、人々の笑いさざめく声。
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金吾 (板戸をノックする)ごめんなさいやし。あの、ちょっくらごめんなすって。
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返事はなく、内部で若い工夫二三人が「コリャ、コリャ」と
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