ォ女中などに逢いに来るのに、えらそうに玄関から来る人があるかね! 人を馬鹿にして。台所口の方へ、おまわり、失礼な! 大体あの春やはこないだ出て行ってもらったからね。もうここの内にも居やあしませんよ。さあさあ引きとって下さい。いくら田舎者の物知らずと言っても程があるよ。鈴や、玄関はちゃんとしめて、波の花でもまいといて!

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たち切るようにギー、ドシンとドアがしまる音。それを背にションボリと門を出て行く金吾の足音。遠くで市内電車の響。
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鈴 ……(カタカタと下駄の音を小走りに追いかけて来て)あの、ちょっと!
金吾 あ、さきほどは失礼いたしやして。
鈴 すみませんでした。黒田さんなどとおっしゃるもんですから気が附かないで。春やさんなら、四五日前に、もとの御主人とかで妙な方が訪ねて見えましてね、それが奥様の気にさわって直ぐに出て行けとおっしゃって、春やさん出て行ったんです。ちょっとお知らせしようと思って。
金吾 そりゃどうも御親切さまに[#「御親切さまに」は底本では「御親さまに」]。で、春子さまはどちらへおいでになったんでやしょうか?
鈴 さあ、私よくは知らないけど、いつか春やさん言っていたわ、烏森の小倉という置屋さんに娘がいるとかって、なんだったら、一度そこへ行って聞いてごらんなさいな。
金吾 娘というと敏子さまでございやしょうか?
鈴 敏子? さあ、それはよく知りませんけど。
金吾 烏森の小倉――そいで置屋と言いやすと、どういう?
鈴 (軽く笑って)新橋のね、芸者屋町で、小倉というのは芸者屋さんのことです。いえ私もハッキリ知らないけど、新橋へんで聞けばわかるんじゃないかしら。古くからの芸者屋さんだと言っていたから――

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芸者屋町の昼さがりに、稽古三味線が鳴っている。宴会その他での調子ではなく、もっときびしい感じの(長唄)連れびき。「よっ!」「はっ!」などの烈しい掛声。
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おかみ (いい年配の、サラリとした物言いだが、シンにしっかりしたもののある。微笑をふくんで)烏森の小倉だなんて言われて、これで私んとこもこの土地じゃ古い内ですからねえ、こんな事でいいかげんな話の附けようをするわけにゃ行かないんでして、そこの所は、黒田さん、ごかんべんなすって下さいまし。
敏行 (おそろしくふ
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