烽セ。
金吾 どうも、ありがとうございやして……
(下駄の音をひびかしてそちらへ近づき、門前に立ちどまって、ちょっとためらっていてからオズオズと敷石道を玄関へ)……ええ、ちょっくら……(言いかけてから、呼鈴を見つけて押す。奥でブザーの鳴る音)
鈴 ……(ちょっと間があって、足音をさせて玄関の内に出て来て、ドアを開ける)……いらっしゃいまし。
金吾 ええ、今日は、ごめんくださいまし。ええ、こちらは黒田様という方の――
鈴 え、黒田様――と申しますと?
金吾 あのう――わしは柳沢金吾というもので、はい、長野県から参りました柳沢と申すものでございますが、こちらに黒田様という方がいらっしゃるとかで――?
鈴 いえ、こちらは石川と言いまして――黒田さんというのは、どういう? それは、もしかすると、横田さんのおまちがいじゃございませんかしら?
金吾 横田さんでがすか?
鈴 こちらは石川名儀になっていますけど、ホントの御主人は横田でございまして――。
金吾 いえ、黒田にまちがいはねえんでやすが――(話がトンチンカン)
鈴 それでは、ちょっとお待ちくださいまし、奥で伺って参りますから[#「参りますから」は底本では「参まりすから」]。
金吾 どうも、すみませんです。(女中が廊下を奥へ歩いて行く足音――マイクはそれに従って行く)……
鈴 ……あのう(言いかけた言葉をたち切って奥座敷の障子の内から、けんだかなヒステリックな女の声)
浜子 石川さん、あんたがいくらそんな事を言ったって横田の気持はもうトックにあたしから離れて、柳橋の梅代の方にいっちゃっているんだから、なんのかんのと言ったって、もう駄目だわよ。今更になってそんな仲うど口をきくのはよしてちょうだい。
石川 そりゃしかし浜子さん、そりゃちがう。社長はいよいよ満洲で戦争がはじまったんだから、セメント山もセメント山だけど、鉄の方に手を出すつもりで、関東軍の大どこと引っかかりをつけてくれるような軍人をつかまえようというんで目下血まなことに[#「血まなことに」はママ]なっているんだから、柳橋の方に入りびたりになる暇なんぞ全然ないですよ。十日や二十日こっちへ寄らないからと言って、浜子さんのように気を立てることは要らないと思うんだ。
浜子 そりゃ石川さん、あんたが横田という人間をよく知らないから、そんな事言うんだ。私は十四年以来の仲ですからね
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