トいるんだ。そいで自分で近よれないでいるんだ。あなたの春子さんはあなたの胸の中にしかいないのよ。ホントの生きている、あの春子さんは、どんな男の人でも言いよれば、誰にでも子供らしく簡単になびいて行く、たよりない、弱い、何処にでもいる女よ。なぜあなたは、それ程思っている人が、ここへその気で来たのに、ここにいつ迄も居さして、そいであなたのおかみさんにしてやらなかったの。女からはそんなことは言いだせやしません。しかし春子さんはその気で来たんだと思う。あなたはバカだ。そいで御自分がこうやって不幸になって、そして春子さんまで不幸にしているんだ。金吾さんあなたはバカだ。私はくやしいの。
金吾 ……ウー(唸るように泣き出し、火じろのわきの畳に打伏し、それにかじりついて泣く)こらえてくだせえ、敦子さま、俺あ、バカだ、春子さまもこらへてくだせえ、うー、あああ、うー、うー

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戸外を晩秋の風が、ビューッと鳴って過ぎる。

音楽
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[#3字下げ]第11[#「11」は縦中横]回[#「第11回」は中見出し]


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 壮六
 喜助
 お豊
 金吾
 金太郎(幼児)
 辰造
 山崎(塾長)
 生徒一
 その他生徒達六七人

音楽
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壮六 (老年になってからの、語り)わしは後になって金吾から聞きやしたが、神山の敦子さまがその時、こうおっしゃったそうです。「金吾さん、あなたは春子さんのことをそれだけ命にかけて思っている人です。それならば、春子さんに対して男としての権利があるわけじゃありませんか。そこへ乞食のようになった春子さんが、ここであなたと一緒に暮す気でやって来たのに、それを、またまた東京の横田なぞにちょろりと連れて行かしてしまう。それというのが、あなたが春子さんをあんまり立派な女の人だと思ってあがめ奉っているからじゃありませんか。しかし、ホントの春子さんは、ごく普通の、何処にでもいる弱い女ですよ。あなたはどうして春子さんをここに引きとめてあなたのおかみさんにしてくれなかったんですか!」そう言って、泣き狂いに畳を叩いて金吾を叱ったそうです。物事にはどうも潮時というものがあるようですねえ。その、そん時に金吾と春子さまの仲に潮がさして来ていただなあ、それを金吾が潮に乗りはぐった。そうとしきゃ思えねえ。いえ
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