トいるんだから、話を急ぐんでねえ。要するに、買手は誰でもかまわない。百円が五十円でも高い方に売ろうと言うわけでね、もうこれ以上くどい話を伺っても無駄ですよ。
林 いや横田さん、お忙しいところをお手間をとらせてすみませんが、さっきも申し上げたように、そのパリで亡くなられた黒田先生とはカラマツの事で懇意にしていただきましてな。わしは郵便局をやっていながらズーッとカラマツの養殖については骨を折ってきてる人間でしてな、で、この柳沢金吾君はその黒田さんから畑や山林の管理をまかされて一生懸命でやってきた男で、この度、どういう御事情かわからないが、それが売りに出されて、他人の手に渡ると黒田先生に申しわけが無し、自分も身を切られるように辛い、と、私に泣きついてきたんで、まあ、わたしもこうして一緒につれそって来たようなわけでやして、どうかひとつ――
横田 林さん、そんな事を何度言われても、もう仕方がありません。海の口の轟という地主が別荘、山林、畑すっかりで六、〇〇〇円で買おうと値をつけているんだから、この柳沢君か、この人が三千や四千の金を並べてくれても、考える余地が無いわけでしてな。せめて同額の六千円出そうという事なら、考えて見てもよいが、私はもともと十円でも二十円でも高く売払ってきてくれと言われて来ているのだから、そういう事を言われても問題にはならないんだ。どうかもうお引取り下さい。
金吾 どうか、そこんところを、何とかお願い申しやす。いえ、今現金は三千円しか持って来てないが、残りの三千円は三月も待って下されば、何としてでも持って参りますから、どうぞ曲げて私にお売りやして! この通り、お願い申しやす!
横田 それがね、私個人としては待ってあげたくても、黒田さんの方ではその金額が明日にも入要なんでね。まあ、あきらめて下さい。そんなに買いたければ、その内に轟さんから買いもどすんですなあ。もっとも、あの人もなかなかの人らしいから、その時に値段は倍か三倍位つりあげるだろうがね。とにかくもう帰って下さい。私はこれから役場へ行って登記の書類をそろえなくちゃならんから、失礼。……(立ちあがって床の間の方へ行きカバンを開け閉めして外出の仕度をする気配)
林 ……どうも――柳沢君よ。失礼しよう。
金吾 (泣くように)ホントにお願い申しやすから……
[#ここから3字下げ]
(返事なし。舌打ちをしなが
前へ
次へ
全155ページ中64ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング