Bそこへ、カバンを持って金吾が近づき、そのカバンを馬車の上にのせる。ガタンというその音)
春子 金吾さん、ゴム輪のにして下すったわね。ありがたいわ。
金吾 はい、いえ。……なるべく前の方の、その座ぶとん敷いたとこにおかけになって。ええと……(改って、お辞儀をして)……お帰りなさいやし。
春子 え、なあに?(と言ってから、相手のリチギにホロリとして)……はい、たゞ今、帰りました。(しかし直ぐにおかしくなって笑いを含みながら)いえね、向うから帰って来て直ぐおたよりしようと思いながら、ツイ今までごぶさたしていて。二年ぶりになりますかしら、こちらに来るの?
金吾 いえ、ちょうど三年になりやす。
春子 そんなになるかしら?
金吾 馬車あ、すぐに出しやすか?
春子 どうぞ。
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金吾が馬車のたずなをほどき、馭者台に乗りこむ音。
[#ここで字下げ終わり]
金吾 おおら!(馬のひずめの音と、馬具のどこかに取りつけた土鈴が微かに鳴って、ギイと馬車が動き出す)
[#ここから3字下げ]
小さい町の子供たちが二三人でヤーイと呼ぶ声。犬がちょっと吠える。――(田舎の小駅を囲んだ小さい町並みの感じ)――やがて町並を出はずれて、馬はダク足に駆けはじめる。
[#ここで字下げ終わり]
春子 あら、以前よりはずいぶん早いわね。
[#ここから改行天付き、折り返して3字下げ]
音楽 (第一回の馬車行の所で使ったのと同じものを使う。たゞし、こゝでは、あの音楽を二つに切って二回に使ってよろし。音楽の間、セリフなし)
[#ここで字下げ終わり]
春子 ねえ金吾さん。
金吾 はい?
春子 あの方、その後お達者? そら、かわいそう――壮六さんと言った?
金吾 達者でやす。よろしく申し上げてくれろって、はあ。
春子 そう。……いいわねえ、この辺は。山も川も以前の通りだし、住んでいる人たちも変らない。東京へんの変りようと言ったら。フランスに居る頃から私、今年の春もどって来てからも、まるで、目がまわるみたいだったわ。やっと私、ここに来て見るものがチャント見えるの。なんだか生れ故郷にたどりついたような、ヤレヤレと言った気がするの。
金吾 そうでやすか。……
鶴 奥様のお生れになったのが北海道の山の中で、この辺とよく似た所だとかって伺っていますから、キットそう言った――
春子 そうね、そのせいか
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