v]入れる。それらの足音。全部すんで少し静かになる)
金吾 (待合所の入口の方から歩いて来て)あの、下りの列車は、こんだいつ頃になりやしょう。
改札 下りは上りが発車してから一分もしねえで到着ですよ。
金吾 そうでやすか。
改札 あんた、乗らねえのかい?
金吾 いや、俺あ人を待ってやすんで、はあ。……(と、そこを離れて、待合所を出て、砂利の上を歩いて、わきの柵の方へ行く)
[#ここから3字下げ]
同時にゴーッと音をさせて上り列車(と言っても大正時代の小さな汽車)が入って来る音。汽車が停り、それに伴ういろいろの物音……
[#ここで字下げ終わり]
壮六 (汽車から飛び出して来て)ああ、いたいた! おい金吾う!
金吾 おゝ壮六! どうしただい、おのしあ?
壮六 おおかた、お前が此処さ来ていると思った。どうだ、まだ黒田様あ、おつきんならねえか?
金吾 うん、まだだ。お昼前から待っているが、どうしただか――
壮六 下りが直ぐに着く筈だから、それかもわからねえ。お前からハガキもらったんで、俺もいっしょに出迎えに来ようと思っていたが、試験場の用事でどうしてもニラザキまで、これから行かなくちゃならんでな。
金吾 そうかよ。
壮六 黒田様みえたら、俺からもよろしくと申し上げてくれろ。いずれ近いうちに一度行かあ。(発車の合図の汽笛)おっと! そんじゃ金吾、汽車あ出るから――(と汽車の方へ走りかけたのをチョッと立どまって)海尻のお豊ちゃんに、こねえだ会ったらな。こんだ笹屋よして嫁に行くんだと。その片づいて行く相手が誰だと思う? はは、例の喜助だあ!
金吾 え? 喜助んとこへ?
壮六 金吾さんとこへ、いくら押しかけても、ことわられたから、しかた無えから喜助へ行くつうんだ。
金吾 そ、そんな、そりゃ――
壮六 わっはは! でも、そう言いながら豊ちゃん、涙あこぼしてたっけよう。ええ女だなあ、ありゃおっとと! (あわをくって、既に、動き出している汽車を追って、飛び乗る)……あばよう!
金吾 うん! ……(ガタン、ゴロゴロと汽車が出て行く)
[#ここから3字下げ]
汽車の音、遠ざかり、消える。あたり静か。
金吾それをチヨット見送っていてから、ゆっくり砂利を踏んで歩き出す。――駅前の茶店の店先あたりで、誰かが弾いている大正琴の「男三郎の歌」の曲が、ちぎれちぎれに近くなる。
そこへ下り列車の音
前へ
次へ
全155ページ中52ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング