のだ
しかし
どうしてこんなめんどうなのだ
黒い空は
なぜスッと倒れかかつてきて
蟻をつぶすように
俺をつぶさないのだろう?
俺が蟻でないからだ
するとこの俺はなんだ?
また始めた
いまさら
戸籍簿をひろげ
身元證明を並べて
俺が俺を確認してみても
なんになるのだ
俺のとなりには
枯枝がある
それらと共に横になろう
そうなのだ
死ななければならぬ理由は
俺には無い
だから死ぬのだ
神よ
お前さんも
ここに降りて來て
この露の中に横になりなさい
お前さんと俺とは同僚だ
長い長い吐息を吐いてから
俺は仰向けに寢た
寢心地は良い
涅槃《ねはん》という言葉が
ヒョイと頭にきたが
ただそれだけのことで
俺は
藥のびんを開けたが
不意にひどく眠いような氣がして
手を止めてジッとしていた
…………
…………
はじめ俺は
自分の耳が鳴るのだと思つた
次に地虫が鳴くと思つた
俺という人間の最後に
地虫がとむらいの歌をうたう
…………
その地虫の聲が
不意にはね上つて
高くひびいたので
笛だとわかつたのだ
しかもごく近い
俺は知らぬまに身を起して
林の方をすかして見た
笛の音はそちらから流れてくる
俺は
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