わしい
みんなみんな いとわしい
これが憎惡なら
俺は生きていただろう
憎惡するだけの張合いもなく
ただ意味もなくいとわしい
俺は汽車の中で
なんとかして遺書らしいものを書こうとして
手帳に向つていくら鉛筆をなめても
ついに一行も書けなかつた
何を書いてもウソになるのだ
遺書に書けるようなことのために俺は死ぬのではない
自殺者が 書きのこした遺書はみんな
あれはウソだ
いやいや 人一人が消えてなくなるのだ
どういう意味でも
他人に迷惑をかけてはならぬ
そう自分に言い聞かせて
なおも書こうとしたが遂にダメ
何を言つてもむなしいのだ
何を書いてもいとわしいのだ
人と人とは互いにキチガイ同志だ
何を言つてもわかりはしない

いやだ
いやだ
いやだ
歌うようにくりかえしながら
ヒョイと氣がつくと
小川の水に踏みこんで
ザブリザブリと
向う岸に渡り
灌木をわけて
崖をはい登つていた
闇の灌木の小枝に
顏や手をかきむしられながら
登りきつて大地に立つと
高原の空氣は 急にひえきつて
腹の底まで氷をのんだようになり
水にぬれたズボンの中で
足の皮膚がビリビリと痛む

俺が渡り越えたのは
ヨミの川か

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