」
「うん」
「しの屋というのは屋の[#「屋の」はママ]うちか?」
「うん 宿屋だ
おいら釜たきだ」
「だけど 君は
こんな夜中に
あんな小屋の中で
なにをしていたんだい?」
「きのう
丸太背負いにこの奧に來てよ
うつかりしていたら
日が暮れて
歩けなくなつたから
あしこであかしていたんだ」
「そのしの屋までは
そんなに遠いの?」
「なあに 一里かな
へえ すぐだ」
「一里位を歸らないで
あんな小屋で泊つて歸るの?」
「へえ 年中だかんなあ」
「そいで今ごろなぜ歸るんだ?」
「だつて小父さん
汽車に出るずら」
[#ここで字下げ終わり]
どうやらこの少年は
俺を鐡道の驛まで
案内してくれる氣であることが
わかつてきた
[#ここから2字下げ]
「あんな所に一人で寢て
君はこわくはないのか?」
「こわいとはあんだい?」
「この邊にはけだものなども
いやしないかね?」
「穴熊が三匹いらあ
そいから狐がいらあ
鹿もいる」
「君はいくつだい?」
「おらかよ? 十六ぐれえだ
よくわからねえ」
「自分の年がわからねえのか?」
「おら捨子でのし
年あ わからねえ」
「捨子?
そうか」
「平太郎さが俺を拾つてよ
もつて行く所がねえから
しの屋へ持つていつたらば
しの屋のばあさまがな
馬の子ならば賣れるからええが
人間の子供なんぞ拾つてきやがつて
ものを食うからおいねえ
さんざん怒つてな
捨吉という名をつけた
ハハハハ…………」
[#ここで字下げ終わり]
少女のような聲をあげて
輕く笑つた
[#ここから2字下げ]
「平太郎さが
まながしの馬市へ子馬買いに行つただい
まながしで酒くらつてな
醉つぱらうと氣がでかくならあ
子馬の金でばくちうつてよ
金をすつかりとられたげな
そんで歸りに
まながしの町はずれまで來たら
馬のクソのわきに
おらが捨ててあつてよ
ほつとけば
馬にふんずけられるから
しかたなく拾つて歸つた」
[#ここで字下げ終わり]
スタスタと歩きながら
ポツリと一こと言い
また一丁行つて
ポツリと一こと言う
[#ここから2字下げ]
「學校へは行かないのか?」
「學校なんず行かねえ
しの屋のばあさまはけちんぼでよ
食うものもちつとしかくれねえ
お客が泊つて食い殘しがあると
魚だの肉だのくれらあ」
「どんな人が泊るんだ?」
「この奧のダムの石屋だとか
農林小屋の人もたまに泊らあ
小父さん どけへ行くだ?」
「どこへ――?」
[#ここで字下げ終わり]
そうだ俺はどこへ行くのだ
[#ここから2字下げ]
「道に迷つたずら
この奧はズーッと十里も二十里も
山ばつかだ
しまいに越後に出らあ」
[#ここで字下げ終わり]
少年は言いすてて
やや歩をゆるめると
笛をふき始めた
その笛の音に導かれて
ヨロヨロと歩きながら
俺は次第に氣が遠くなる
いつのまにか
やや道らしい場所に出ていて
どこからか
からまつ林の匂いが流れる
笛はけものの聲のように
林をめぐり
波をうち
高原のかなたに消える
そうだ
この捨吉と俺と
人に忘れられた闇の中を
こうして歩いているのを
この世の人間という人間が
だれ一人知らない
人生の帳面の
欄外にかいてある姿だ
いや 神樣も
俺たち二人に氣がついていまい
外道だ
外道を俺と捨吉は歩く
ドシンといつて
不意に笛の音がやみ
捨吉がクスクスと笑つた
すかして見ると
顏をなでている
道のかたわらに立つた
タケカンバの幹に
捨吉が正面からぶつかつて
額をうつた
[#ここから2字下げ]
「どうした?
けがはしなかつたかね?」
「なあに――」
[#ここで字下げ終わり]
クスクスとまた笑つて
[#ここから2字下げ]
「コヤツにぶつかるのは
これで二度目だ
フフフ
おらあ 目が見えねえからな
うつかりしているとぶつからあ」
「え? 目が見えない?
目が見えないのか?
盲か君は?」
「盲だあねえよ
鳥目だ
夜になると へえ
見えなくならあ
でも朝になつてお日樣がでると
なんでも見えらあ」
「そいじや
今なんにも見えないんだね?」
「だから へえ
ぶちあたつた
フフフ」
「すると
さあつきから
僕の姿も見えないんだね?」
「見えねえよ」
「小さい時からそうなのか?」
「うん 榮養が惡いだと」
「そいで君はあの小屋で
目が見えるようになるまで
待つていたんだな?」
「うん」
「目が見えないのによく歩けるな」
「なれてるだから
平氣だい
うう 腹あへつた
ちつと急がず」
「そうか…………
…………………………」
[#ここで字下げ終わり]
なにか言つたらしい
しかし覺えていない
横づらをひつぱたかれるようにハッとした
目の見えない少年に案内されて
俺は歩いていたのだ
不意にからだの重みがなくなつて
ストンと俺は路上にころんだ
おかしなことがおきた
あたりの闇と
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