ると昇さんはどうすればいいと思うの?」
「だから両方ともホントで、それが人間と言うものだから
どうすればいいかわかりはしないよ現在は
しかし光ちゃん、ぼくらは祈ることはできるんだ
祈ると言って悪ければ、花婆ちゃんの言う念仏をとなえると言ってもよい
つまり希望を持ちつづけることなんだ
人間は結局はそんなに馬鹿ではない
そのうちにはキット自分たちのこんな愚かさに気がつくと思う
ね光ちゃんよ!
君と僕とは希望を持ちつづけよう!
そして、いついつまでも仲良くしよう!
たとえどんなことが起っても
たとえ君のお父さんと僕の父が
どうにかして斬り合いをしても
君と僕とは希望を捨てず
いついつまでも仲良くしよう!」
「ええ、そうしましょう!
どんなことがはじまっても仲良しよ
だってホントに仲の良い人が
地球上に一組でも二組でもいるかぎり
昇さんのお父さんと私の父も
けっきょくは仲なおりができるだろうし
ソビエットとアメリカも仲良しになることができるわ
その可能性がある道理だわ
仲良しよあなたと私、昇さん!
さあ、ゲンマンしましょう!」
そうです子供らしいと笑いなさい
そうです子供のように二人とも
ゲンマンしながら頬笑んでいたけれど
心はシーンと、まじめでした

それから昇さんがイタズラそうにニコニコしながら
「しかしね光ちゃん
僕らは新らしい時代の若い者だ
古い人たちの落ちたワナに落ちてはならんのだよ
旧い人たちの中には、こんなことから
男と女として仲良くなってしまって
恋愛なぞをはじめる人もいるが
僕らはそうなっては、あかんのだよ
恋愛は恋愛、仲よしは仲よしだよ
なぜこんなことぼくが言うかと言うと
いつか内の母がきげんの良い時にぼくをつかまえて
「お前にお嫁さんもらう時には
おとなりの光子さんのような
気立ての良い子がいいね」
と言って、からかったことがあるからだ
母は本気でそれを望んでいるのかもしれんのだよ
だから君んちの小父さんと内の父の不仲を
よけいに苦にやむのかな、ハッハハ!
いいかい、光ちゃん、それからね
親と親とが仲が悪いと、そのためにかえって
逆に子供と子供が恋愛に落ちることだってあるんだぜ
いつか「ロミオとジュリエット」と言うのを読んだことがあるだろう?
あれさ! あれもワナだよ
裏返しにしたワナだよ
気をつけようぜ、光ちゃん!
僕は光ちゃんが大好きだ
将来、光ちゃんが丈夫になって
僕たちは互に好きになって
僕は君にお嫁になってくれと申しこむことがあるかもしれない
その時はその時で、今は今だ
これは別々のことなんだ、いっしょくたにはしまいね!」
「ほんとうよ、昇さん
よく言って下すったわ、私もそれを言おうと思っていたの
昇さんの言う通りだわ
私たちはワナに落ちてはならないわ!」

それからも毎日毎朝
昇さんは私のところに来てくれます
内の父は木魚を叩き
昇さんのお父さんはコエダメをかきまわし
花婆やはとんきょう声でブツクサと喋りちらし
昇さんのお母さんはいろいろなことで心配ばかりしながら
昇さんは花作りのかたわら学校に通い
そして私のカリエスはすこしずつ、すこしずつ良くなってると先生がおっしゃって
そしてラジオで教わるフランス語は
短い文章の訳読に入りました

父と昇さんのお父さんの喧嘩は
相変らず続きながら
やがて春が近づきます
そらそら、今も木魚の音がしはじめたから
やがてコエの匂いが流れて来るでしょう
私には笑えてくるのですよ
ビヤン! フランス語では、それも結構と言うのを、そう言うのよ

昇さん、これで私の長い長い詩はおしまいよ

     エピローグ

私は祈ります
深い冬の空に向って
どうぞ私から希望をとりあげないで下さい
私の合わせた掌がすこし揺れる
竹藪の竹の梢もすこし揺れる
杉の梢と椎の梢がかすかに揺れる
それがみんな冬の陽に静かに光りつつ
祈っています
合掌して祈りながら
空に向って揺れています
[#ここで字下げ終わり]



底本:「三好十郎の仕事 別巻」學藝書林
   1968(昭和43)年11月28日第1刷発行
初出:「婦人公論」
   1957(昭和32)年4月号
入力:伊藤時也
校正:伊藤時也・及川 雅
2008年12月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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