立ちますよ
そいで御院主さんは立ちあがって垣根から
隣りの畑を見てござらしただけですよ!」
「君のお父さんの形相があんまり凄いので
内の母は、これは今にも垣根を破り越えて来て
親父に斬りかかるのかと思ったそうだ
母はあの通り気が小さくて臆病だし
君のお父さんと内の父との不仲では
永い間、苦にやんで苦にやんで
夢の中でうなされるまでになっているのだから
トッサのうちにそう思うのも無理がないんだ
それでハッとして鍬を持ったまま
父の所へ走って行って目顔でそれを知らせると
今度は父も血相を変えて垣根の方を睨んでいたが
すぐに母から鍬を取って
君のお父さんの方へドシドシと歩いて行って
垣根の前に立ちはだかって
鍬を構えた両手をブルブルふるわせる
君のお父さんの顔は真青で
僕の父の顔は反対に真赤になって
それが鼻と鼻とを突き合わさんばかりに、なんにも言わないで
互いに相手を咒い殺すような目つきをして
睨み合って立っていた!
ちょうどそこへ僕が帰って来たんだよ
僕には何のことやらわからんし
ただ両方のケンマクだけは物凄いので
びっくりして立って見ていたんだ
そしたら、さすがにお花婆さんもドギモを抜かれて
しゃべるのを胴忘れして見ていたっけ
そのうちに先ず内の父が僕の姿を見て気はずかしくなったのか
鍬をおろして顔をそむけた
すると君のお父さんも鎌を引っこめて垣根を離れる
それで、なんのことは無い、犬の喧嘩が立ち消えになったように
なんのこともなくおしまいさ!」

     6

そうやって昇さんは
ふざけたように話すのだけれど
内の父と隣りの小父さんの睨み合いが
どんなにすさまじいものであったか
その目の色を見るとわかります
私は聞いているだけで身内がふるえて来たのです
「馬鹿なものだよオトナなんて!
たかが木魚の音とコエダメの匂いじゃないか
相手をゆるす気にさえなれば
実になんでもないことなんだ
それが、君のお父さんはこの町のお寺さんの中でも
立派なお坊さんで有名な人で
内の父だって俳句をこさえたりして
文句のつけようの無い良い人なのに
そいつが、わけもなしに憎み合う!
どう言うのだろうと僕が母に言ったら
わけは有るんだと母は言うのだ
そうは言っても、くわしいことは母も知らない
母が父の所にお嫁になって来るズットズット以前のことなんだ
だから君の亡くなったお母さんも、まだお寺に来ない時分
もしかすると、君のお父さんもまだこの寺に養子に来る前かも知れない
だからもちろん僕も君も生れるズット以前の話だ
この寺の先々代の住職の坊さんと
僕んちの父の父――つまり僕は知らないが僕の祖父にあたる老人が
その頃この町で流行のように行われた
耕地整理をキッカケにして
あの竹藪のこっちがわの境界線のことで
ひどい争いをしたと言う
それもホンの長さ十間ばかりの間、幅が二尺か三尺
坪数にして僅か十坪ぐらいを
自分の畑だ、おれの地面だと言いつのって
どうにも決着がつかぬままに
裁判にまで持ち出したけど
もともと両方とも先祖から持ち越した土地のことで
どちらの物と決められる証拠はなし
裁判所でもウヤムヤになってしまった
それ以来、君んとこの先々代と僕の祖父は犬と猿のようになってしまい
僕んとこではそのうらみを僕の父に受けつがせ
君んとこではそいつを先代に、先代はまた君のお父さんに吹き込んで
ズーッとつづいているそうだ
母が言うには
毎年毎年、春と夏はそれほどでもないけれど
秋になってくると、おかしなことに
お父さんと隣りの院主さんの争いが激しくなって来る
そして冬になって寒くなると、表立っていさかいはなさらないけど
両方で自分の家でふくれながら
先方をそれはそれは憎みなさるんだよ
いつものことなので少しは馴れっこになったけど
どう言うのか戦争がすんでからこっち
また一年一年とひどくなって来てね
この分で行くと、お前も見たように
どんなことがはじまるかと思って私は気苦労でしかたが無い
戦争が終って民主主義とやらになって
自分自分の慾が強くなって
人間みんな喧嘩早くなったのかねえ
――母はそう言う、馬鹿な話さ!
そいで母と僕とで、それとなく
もうそんな争いはやめにしてくださいと言うと
父は、自分はやめる気でも相手がやめないから仕方がないと言うんだ
どうして毎朝毎朝いりもしない木魚を
おれをからかうように叩くんだと言うんだ
君のお父さんはお父さんで、きっと似たようなことを言うにちがいない
自分がやめる気でも相手がやめない
毎朝毎朝、こちらが嫌いと知りながらコエの匂いをなぜさせる
喧嘩を売る気があるからだ、と言うにきまっているんだよ!
木魚の音が先きかコエの匂いが先きか
どっちもどっちで相手をとがめてキリが無いのだ
馬鹿は死ななきゃ治らないと言うけれど
ほかのことでは賢い
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