父とこちらの小父さんが
二人で向い合うと馬鹿の中でも一番の馬鹿になる
そうだ、死ななきゃ治らないものなら
いっそ二人で斬り合いでもなんでもやって
殺し合って死んでしまえばいいんだよ
しかしね、光ちゃんよ
君と僕とはその馬鹿の子供同士だけれど
父親たちの争いを受けつぐのだけはごめんだね
どんなことがあっても
たとえどんなことが起きたとしても
君と僕とは仲良くしようぜ
いいね光ちゃん、げんまんだぜ!」

そう言って昇さんはニッコリしながら話すのだけど
本気で言っていることは涙ぐんでる目つきでもわかりました
私は一人になってから胸が痛くなり
ボロボロと涙が流れ出してとまりません
私はぜんたいどうすればいいの?

     7

「私はぜんたいどうすればいいんです?」と
私は父に言ったのです
その晩、夕食もすみおつとめもすみました父が
毎晩の例になっているように
寝る前のいっときを
私の枕もとに来て坐ってからです
「え? 何のことだえ?」
「いえ、昇さんも言うんです
ほかのことではあんなに賢い、良い人なのに
両方が寄ると、どうしてこんなに馬鹿げたことで争うのだろうって」
「昇君が? なんのことだ?」
「お父さんと隣りの小父さんのことです」
「今日のことかね?」
「いえ、今日のこととは限らないの
ホントにホントに、ねえお父さん
もう争いはよしてほしいと思うんです
私がこんな生意気なことを言ってはすみませんけど
ぜんたい、どういうわけで、内とお隣りは仲が悪いんですの?」
言いながら涙が流れてしかたがなかった
父は何か強い言葉で言いかけたが
私の顔をヒョイと見ると
言葉を切って、急に黙りこみ
永いことシンと坐っていました
その末にヒョイと立って本堂の方に行って
やがて何か大福帳のような横長にとじた
古い古い帳面を持って来て
私の枕元にドサリと置いて
まんなかどころを開きました
「お前がそこまで言うのならば
わたしもハッキリ話してあげよう
いずれお前もこのことはちゃんと知っていて
この寺を末始終、守ってくれなくてはならぬ人間だ
よくお聞き、どうして隣りの内と仲たがいをしたか
いやいや、と言うよりも、どんなに隣りの内がまちがっているか
これ、ここにちゃんと書いてある!
これはこの寺の名僧として名の高かった先々代の住職
その方が書き残した過去帳だ
それ、ここを読んでごらん
ひとつ、当山敷地のこと」
その筆の文字はウネウネと曲りくねった漢字ばかりで
私には一行も読めません
それを父は昂奮した句調で説明してくれるのですが
何やらクドクドとして、一つとしてハッキリとはわからない
なんでもその住職の若い時分は
隣りとの地境もハッキリしていなかったし
ことに竹藪の向う側あたりは
この奥の村のお大尽の土地の地つづきで
荒れ果てた林であったのを
そのお大尽がこの寺に寄進したと言うのです
その時にちゃんと測量でもすればよかったのだが
昔のことで唯、山林二十なん坪とだけで
登記も正確にしたかどうか
とにかくそれ以来寺の土地として捨ててあったのを
間もなく、その時分のお百姓だった隣りの家で
種芋や苗などの囲い穴を作るから
その山林の一部分を貸してくれと言うので
さあさあと気持よく貸してやったと言うのです
それ以来、別に地代も取らないが
隣りの家から季節季節の野菜などを届けたようだ
それから十五六年はそれですんだが
耕地整理の測量で、地境をハッキリさせることになった時に
隣りの内で、その土地を自分の内のものだと言い出した
それでこちらでは以前そのお大尽の野村さんから寄進された土地だと言うと
いや、その後、その野村の旦那から
金や貸借のカタに受取ったものだと隣りでは言う
隣りの内の先代というのが
鶏の蹴合いバクチの好きな男で
ホントのバクチも打ったらしい
そこへ野村という大地主がやっぱり闘鶏にこっていたから
もしかすると勝負の賭けにあの林をかけて
隣りの先代に取られたのかもしれないがね
しかし証拠もなんにも無い話だし
野村の旦那もとうの昔に亡くなっていて
誰に聞こうにも聞く人もない
とにかく久しく当山の土地であったものを
そんなアヤフヤなことで隣りに渡すわけには行かないとことわると
さあ隣りの先代がジャジャばるわ、ジャジャばるわ
嫌がらせやら、おどかしやら、果ては墓地に入りこんで乱暴をする
どうでバクチでも打とうと言うあばれ者のことで
することがむちゃくちゃだ
当山の住職も、最初のうちは、たかが荒れ地の十坪あまりのことだ
次第によっては黙って隣りに進呈してもよいと思われたそうだが
しかし隣りのやりくちがあんまりアコギが過ぎるので
そんなことならこちらもおとなしく引っ込んではいられないと
いち時は檀家の者まで騒ぎ出して
えらい争いになったそうだ
その後、裁判沙汰にまでなっ
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