た時に必らず頭を悪くしているんだわ。私が見ていても、わかる。ハラハラするようなのよ。私、センチメンタルは好きよ。ホントにセンチメンタルになれる人はえらいと思うの。三好さんは、えらいと思う。しかし、そいで以て段々自分と言うものを駄目にして行くんだったら、なってないわ。いくら、えらくったって、馬鹿であることに変りは無いわ。見てごらんなさい。三好は一番すぐれた性質を発揮する時に一番馬鹿げているから……亡くなった先生がいつも言ってらした。やっぱり先生が三好さんの事一番よく御存じだったわ。
三好 ……よそう。あいつの話はよそう。……俺も考えて見るよ。
登美 フフ。……(急に涙ぐんでいる)
三好 どうしたの?
登美 いえ、私、今の三好さんの姿を見ていると、亡くなった先生が、おかわいそうでならない時があるの。こんな三好さんを一人放りっぱなしに残して、先生、さぞ死にたくなかっただろうと思うの。……
三好 泣くのは、よせよ。……わかった……俺がなって無えんだ。……(二人しばらく、そのままで居るが、やがて三好、頭をブルブル振りながら立ち、縁側に出て、編棒を持ったまま、ユックリ歩く……間)かには自分の甲らの形に自分の穴を堀る。……俺を窮地に追い込んでいるのは、誰でも無い、俺の性格かも知れん。
登美 (フッと顔を上げて)私、いつまでこうしていても仕方が無いから、タイプの方で勤め口でもめっけようかな[#「めっけようかな」は底本では「めつけようかな」]。
三好 ……そりゃ、いい! そりゃ、いい! 是非そうしたまい。家の方にも早く戻るんだな。一人で帰りにくかったら、僕が連れてって、あげる。是非そうしたまい。(廊下をノソノソ歩く)……あぶない。みんな、あぶない瀬戸ぎわを歩いているんだ。なんとかしないと、みんな、あぶない。……みんな、生れ変る事が必要だ。
登美 ですから、私、生れ変ろうと、思ったの。……内ん中のゴタゴタ、財産を兄さんにつがせたらいいの、私に婿を取って相続させたがいいの、ゴタゴタゴタゴタ……お父さんとお母さんが眼くじら立てていがみ合うし、親戚連は親戚連で二派に分れて策略の弄しくら……私、いやでいやでたまらなくなった。
三好 だから、兄さんに相続させればいいじゃないか。
登美 そうよ、私もそう言ったの。ところが、兄さんは、せんのお妾さんの子だからってんで、いけないって言うんだわ。私は今のおっ母さんの子でしょう? 私につがせるのが本当だと言う人が多いの。お母さんだって私につがせたいんだわ。私がいくら、兄さんにつがせて下さいと言っても、駄目。本郷の伯父さん……いつか此処へも来てくれたわね……あの伯父さんなんかがお母さんの尻押しをするの。……お父さんはお父さんで、表面は何も言わないでいるけど、勿論、兄さんに家はやりたい。それを又、尻押しする人達がいる。……そりゃもう、いやだわよ。しまいに、お母さんが、御飯の中に毒を盛って兄さんに食べさせようとしたなんて言いふらす人があったり、こんだ、それを聞いたお母さんが、そんな事をしたと言われては申しわけが無いから、私が死ぬんだと言って騒いだり、……それが、なんだと言うと、五万か十万か知らないけど、僅かばかりの財産のためだ。……
三好 聞いた。……
登美 たまらなくなって飛び出して来た。……私が居なければ何とか早く片附いてくれるだろうと思っていると、……伯父さんの話では、相変らず、以前と同じらしいの。……せっかく、せっかく、抜け出せた、ああ何とかなると思っていたら、何ともならないで、又、元の家へ戻って行くんだわ。
三好 いいじゃないか。それでいいさ。……君さえシャンとしていれば、そして諦らめないでネバリ強くやって行けば、その内、なんとかなる。……どこへ行っても大概似たようなもんさ。……凡々として、その日その日の塵や泥の中を、こねくり返して、やって行くのさ。それでいいんだよ。
登美 ……なさけ無いわ。
三好 なさけ無くったって、かまわんよ。
登美 いえ、私の言うのはね、そんな周囲のイヤな事もだけど、それよりも、私自身のこと。……これまで私、チットは人より頭も良いし、生きて行き方に就ても多少は新らしい理智と言ったようなものも持っている人間だと自分で思っていたの。……それが、まるっきり自惚れ。……そんなもの結局なんにもなりはしない。ただ要するに平凡な、馬鹿な、道に迷っている一人の女に過ぎなかったのよ。やっと近頃それに気が附いたわ。
三好 いいさ、俺あ、むしろ、それに賛成だよ。君はもともと大変良い子だよ。僕は好きだ。しかし、ふだんから、君の中にある新しがりやの[#「新しがりやの」は底本では「新しがやりの」]、変に高飛車な所だけは好かん。そこに君は自分で気が附いたんだ。いいじゃないか。……人間ふだん何でも無い時は、いくらでも高飛
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