田 ……そいつは、しかし、僕に死ねと言うのと同じです。
三好 (叫ぶように)死んだらいいじゃないか。何をしていても、死ぬものは死ぬし、生きるものは生きる。冷淡なようだが俺あ知らん。君にまだ救われるだけの脈が有れば、誰から突っぱなされようと、救われる。むしろ僕なぞから早く突っぱなされればされるほど、早く救われる。そりゃね、君には望みが有るから、もっと書いて行きたまいと言う事は、僕には一番たやすい。しかしそうすると、君のみじめなウロウロ歩きは、いつまで経っても、おしまいにはならん。よした方がいいね。
佐田 ……そうですか。
三好 ………やるかね?
佐田 …………………。(原稿を取る)
三好 ……やろうと、やるまいと君の勝手だ。しかし、此処で、僕の目の前でやることだけは、かんべんして呉れ。
佐田 ……失敬しました。じゃ、これで――。(フラフラ立って縁側へ。膝が痛そうである)
三好 ……帰るの? 電車賃は有るかね?
佐田 歩きますから……(庭へ降りる)
三好 だけど、その様子では……(たもとを捜して五つ六つのバラ銭を出す)じゃ、これ持って行きたまい。僕にも、これっきりしか無い。いいから――。
佐田 (それを受取って、ガクンとお辞儀をする)ありがとう。では――(ビッコを引きながら、下手庭口の方へフラフラ歩き出す)
三好 気をつけて……(呼吸を呑んで、縁側に立ったまま、見送っている。佐田のまるで幽霊の様にションボリした後姿が庭口を出て消える)……ああ、えらい目にあった。(額に、にじみ出した油汗を掌で拭く)俺が死ぬ目に逢ってるような気がした。
登美 (レース編みを又始めていたが)三好さんは、馬鹿だわね。
三好 馬鹿? どうして?
登美 馬鹿だから、馬鹿だわよ。鼻の先きで、人に裏切られても、それを知らないで、自分だけ良い気持になっていりゃ、世話は無いわ。そいつは、立派な悪徳よ。
三好 なんの事だ?
登美 今の佐田さん、さっき、私に何をしたと思って?
三好 何をしたんだい?
登美 知らないでしょう? いやな奴!
三好 手出しでもしたのか?
登美 あんな奴、死んだりするもんですか?
三好 ……そうじゃ無い。僕あ、昔、買って貰った靴が自分の足に少し小さいと言うだけの理由で自殺しようとした子供を知ってる。どんな小さい事でも死ねる奴もいるもんだよ。……もしかすると、ホントに死ぬ気だから、最後にあの男はそんな事をしたのだとも取れる。
登美 キザったら!
三好 君が美し過ぎるからだろう。
登美 私が美しい?
三好 美しい。……俺にしたって、君を見ていて、どんな酷い事を考える時だってある。鬼も悪魔も自分の裡に巣くっている。
登美 いいわよ。
三好 断絶すべきは自分だ。チョット裸かになって見ろ。
登美 私?
三好 いや、俺だよ。そこにウジがブツブツと毒液を吐いている。ケッ[#「ケッ」は底本では「ケツ」]! 俺も佐田も結局同じだよ。……佐田は君にどんな事をしたい?
登美 手を持って来てさ、此処に――。そいでブルブル顫えているの。
三好 ……(眼をギラギラさせ、登美のそばに行き、相手の身体を押すようにトンと坐る)……こうかね?
登美 ……(ジッと[#「ジッと」は底本では「ヂッと」]三好の眼を見詰めている)だから、私、こうして、これで突いてやった。(編棒を三好のわき腹の方に出す。三好、登美の顔を尚もジーッと[#「ジーッと」は底本では「ヂーッと」]見ていてから、その編棒に眼を移す)
三好 ……ああ、血が附いてる。……ひでえ事をしやがる。(編棒を取る)そいでビッコを引いていたのか。……かんにんしてやれよ。登美君、かんにんしてくれ。かんにんしてくれ。そうなんだよ。人間、大体まあそんなもんさ。こんな風なもんだ。許してくれ。
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(間)……
[#ここで字下げ終わり]
登美 ……いいのよ。……(しばらく黙っていてから)佐田さんの事なんか、どうでもいいの。私の言っているのは、三好さんの事よ。……佐田さんだけじゃ無い。あなたは、誰からだって、ホントに何の苦も無く裏切られたり、うっちゃられたりする人よ。そして、それは、裏切ったり、うっちゃったりする人が悪いと思うよりも、三好さんに責任があるのよ。私が言っているのはその事だわ。
三好 ……俺にどんな責任があるんだね?
登美 あるわ。センチメンタリストだからよ。御自分のセンチなツボの所にヒョッと突込んで来られると、直ぐムキになって、それで以て夢中になって、一人で角力を取って、一言に言うと結局非常に頭を悪くしてしまう人よ。
三好 ……センチメンタルか。……そうだな。そうだ。うん。頭も悪くしてるようだ。(登美の言葉でホントの所を突かれ、すっかり参っている)……でも今更仕方が無い。
登美 そうじゃ無いの。センチメンタルになっ
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