もあった。……それが、どうだい?……現に先程の浦上との話は君も聞いていたろう? 半年近くウンウン言って書いた作品、うまくは無い、うまくは無いが、とにかくこれで一応出来てると思って出した脚本が、あのザマだ。いいかね?……なにさ、浦上達の劇団が特にひどい劇団で、あすこだけが劇作家に対してこんな事をするんでは無いんだ。どこの劇団でも似たり寄ったりだ。又、特に僕だけが、彼奴は今落ち目だってんで、こんなアシライを受けると言うわけでも無い。たいがいの劇作家は、先ず似たり寄ったりの目に始終逢っているんだと思う。……そいで、じゃ俺はもう戯曲を書くのは、よすかと思うと、よさん。よせないんだ。……あんな目に始終逢い、醜態の限りをさらしても、そいでも、なぜよせんのか? わかるかね? こいつは、業《ごう》と言うやつだよ。……業が深くって、書いて書き抜いて、どこまで行っても、戯曲の中に自分をぶちまけて行かなければ、苦しくて苦しくて、どうにもジッとして[#「ジッとして」は底本では「ヂッとして」]居れんからだ。
佐田 ですから、僕も、あなたと同じなんですよ。少くとも、同じようになりたいと僕は思っています。でないと――。
三好 違う違う! わからんかなあ! (と先程から何と言って相手を説き伏せたらよいか、弱りに弱っている[#「弱っている」は底本では「弱ってゐる」]。当の佐田はしかし、ションボリとしたまま平静に落ちつきはらっている。まるで、アベコベのようである)これ程言っても、わからんかなあ! ね君、考えて見たまい、今、戦争だぜ! しかも、こいつは、一年か二年経てばキレイに済んでしまって、その後は又元通りに平和になると言った、そんな戦争じゃ無い。世界が、煮えたぎったルツボの中に叩き込まれたんだ。いやだと言ったって、もう、こんりんざい、抜け出しては来れない。逃げる先は無いんだ。戦い抜き、その戦いを通して生れ変って来る以外に、法返しは附かないんだ。文化などが、なんだい? いいかね? 戦争は、そして、戦争だよ! 喧嘩だ。我慾では無い。我慾からのものでは無い。他人の裡の、それから自分の裡の敵を叩き倒すんだ。……そりゃね、戦争だから、又、総力戦だから、文化もこれに参加すべし、文化諸部門もこれを発達させなければいかんとする考え方もあろう、わからん事は無い。しかし、そいつを甘っちょろい文化主義者共が言っているのが現状だ。ふざけるなと言うんだ。そんなものは屁理窟だ。戦争をするのに絵や小説や芝居は要らんのだ。そんなものが無くっても戦争はやれるんだ。それをだな、インチキな文化主義者達共の歯の浮くようなゴタクに踊らされたり、今迄うぬらが当てがわれていたケチックサイ屋台骨に恋々としてしがみ附いていようと言う量見を捨て切れないために、科学の独立がどうのこうの、文壇や劇壇なんて吹けば飛ぶようなものが、うんだのつぶれたのとゴタゴタやった末が、見ろ! 却って、その辺に氾濫している小説や芝居が、どれもこれも時局便乗の、きわ物になってしまうんだ。あたりまえだ。士が切腹しなきゃならん時に立ち至って、死にともながれば、卑怯者になるのは当然だ。芸術が死ななきゃならん時に、死ねなければ、オベッカ芸当になるのは、わかりきってるよ! そうじゃないか?
佐田 ……わからんなあ。すると、あなたのしている事は、なんですか?
三好 僕がしている事?
佐田 そんな風に、文化は亡びなければならんと思っていながら、あなたは、そいでも戯曲を書いている。
三好 ……(虚を突かれて、ギョッとし、口をモガモガさせていたが、やがてガックリと肩を落して唸る)うむ。……そうだな、俺あ、……まだ、俺なんか、駄目だあ。
佐田 そいつが、しかし、人から人民戦線だとののしられていりゃ、世話あ無いですね。
三好 なんとでも言うがいいんだ。その内には……その内には、この俺が、この俺こそ、チットは書いて見せる! 必らず、書いて見せる。それまで、何とでも言え、何と言われたって、俺にゃ、自分の量見をひん曲げて、タイコモチの真似は出来ん! きわ物の時局便乗物は書けん! そんな事をして、自分をいつわり、今の時代に時めき、それに依って、此の、此の偉大な時代を軽しめ、日本を嘲弄する気にはなれんのだ! (殆んど号泣するに近い)そんな事をする位なら、俺あ、このペンをおっぺし折って、首でもくくってくたばってしまう! それ以外の事なら、どんな苦しみでも俺あ耐えて行く覚悟でいる。しかし、しかしオベッカをしなければやって行けん苦しみにだけは、俺は耐えきれん! それだけは耐えきれん。それだけは、こらえてくれ! (頭をかかえ、机の上に突伏してしまう。背が波を打っている)
登美 (いたましそうに、それを見ている)……三好さん。
佐田 ……(これもマジマジ、三好の背を見守っている
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