、……身体の方も、もう永い事は無いと医者も言いますしね。せめて食って行くだけの金でも有ればだけれど、……簡易旅館なんかでゴロゴロしていたって仕様が無いし、でも、書いた物が多少でも望みがあれば、まだ、なんですけれど、そうでなければ此の際――。
三好 ――死ぬのか?
佐田 ええ。(淡々と答える)
三好 それを僕に言わせようと言うのかね? 僕に、それが言えると思うかね?
佐田 言って下さい。
三好 ……仮りにだ、僕がそれを言ったとしてもだよ、僕などの言う批評に、そんなに絶対的な権威は無いよ。
佐田 有ります。少なくとも僕には、さうです。
三好 なぜだい?
佐田 僕が先輩の劇作家としてホントに尊敬しているのは、あなた一人きりだからです。……あなたから、君はもう望みが無いから、書くのはよした方がいいだろうと言われれば、……諦らめます。二十七年間、何かまちがって生きていたんだと思えば、それでいいんです。
三好 ……親兄弟は無いと言っていたが、誰か、伯父さんとか従兄弟だとか、親戚は無いのかね?
佐田 北海道に従姉が一人居る筈ですけど、生きているかどうか、……生きているとしても、酌婦かなんかやって暮していたし、とうに身体あ腐っちゃってるでしょう。
三好 ……君はヤケになっているね?
佐田 ヤケじゃありませんね。この一二年、冷静に考え抜いたあげくなんですから。なあに、そうと決めれば、わけは無いですよ。
三好 ……今、わが国は戦争最中だよ。恐ろしい時代に差しかかっているんだよ。俺達は一人々々よほどシッカリしなくちゃ、ならんのだぜ。君の様に、そんな風にばかり物事を考えるのは、まちがっていると俺あ思うがなあ。
佐田 この前も、おっしゃいました。そうです、あなたの言う通りです。……しかし僕が自分の事を、こんな風にしか考えられないのは、どうもしようがありませんからね。良いの悪いのと言って見ても、始まりません。
三好 だって君、それにしてもだ、死ぬの生きるのと言う問題じゃ無いだろう。創作がいかに大事でも、それよりも俺達の生活、……生命……毎日こうしてやっている生は、そんなものに較べりゃ百層倍も尊い。
佐田 その自分の生命の中で一番大切なもの、生活の中心が作品に在るんですから、……そう思う事が良いか悪いかは別問題としてですよ……そうしか考えられないんですから、仕方がありません。……あなただって、そうだと思います。いつか、そうおっしゃっていたし、此の前の戯曲集のあとがきに、お書きになっていました。僕も、実は、あの通りなんです。今となっちゃ、僕の生きて行くメドは戯曲に全部かかっているんです。
三好 ……(なにも言えず、眼をグルグルさせ、冷汗がにじみ出して来たらしい顔をしている)そうか。……しかし、それにしちゃ、君の書いた物は――。
佐田 (フッと顔を上げて、三好を直視する)……駄目ですか?
三好 ……(ドギマギして、眼のやり場に困っている)いや……駄目の、駄目で無いのと、……そんな事よりもだな……(ヤット立ち直って)この前にも言った。僕は、僕よりも若い人間が戯曲を書いて行きたいと言っても、大概の場合に賛成出来ない。又、現に賛成していない。……この国では戯曲では食って行けない。それよりも、第一、骨が折れ過ぎる仕事だ。なにかむくわれる所が多少でもあればいいが、まるきりそんな事は無い。……俺の顔を見たまい。戯曲なんてえ変なものを永い間書いていると、こんなひどいツラになってしまう。人間の顔じゃ無いだろう、こいつは?……そんな仕事だ。しかし俺は、もう、これで狂犬に噛み付かれたのと同じで、もうこれ、戯曲はよせん。一種の慢性病だからね。……しかし、若い人間が、又ぞろ、こんな酷い仕事に入って行くのを黙って見ちゃ居れん。……つまり、俺は、残念ながら、他人にはすすめる気になれん仕事を自分でやっているわけだ。……しかし、世の中には、時々、馬鹿でもハーチャンでも、叩き殺されても、苦しくても、どんな目に逢ってもだ、或る一つの仕事の中に打込んで行かなきゃ、生きて行けん人間も居るんだ。その仕事が文化的に尊いの尊く無いのと、そんな事は俺あ知らん。ただ、それをしないでは、どうしても、居られない。……こいつが、まあ、俺と戯曲との、関係だ。そうなんだ。そんな人間だよ、俺は。……そして、もし俺と同じような人間が他に居れば、こいつはもう仕方が無い。とめたって仕方が無い。だから一緒に、力になり合ってやって行こう。初めて、そんな気になる。……それ以外の人には、俺は、絶対に、とめる。こんな苦しい仕事は、もう俺だけでたくさんだ。そんな気持ちだ。
佐田 わかっています。
三好 いや、わかっていない。……俺は二十年近く芝居を書いて来ている。勿論、まだ大した物は書けん。下手だ。世間ではチットは何だかだと言ってくれた頃
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