と言う言葉で自ら刺戟されて、改ためて佐田の顔を見る。三好の顔も青いが、佐田の顔色と来たら青いのを通り越して、殆んど土気色である。……佐田は、しかし、他の者達から注視されている事など知らぬものの様にボッサリと坐りつくしている)……じゃ、まあ、ごゆっくり――(廊下を廻って上手へ行きかける)ユスラ梅が綺麗だこと。
三好 お袖さん、お参りの方は、行って来たんですか?
お袖 ええ。
三好 なんだか、御神宣[#「宣」に「ママ」の注記]が、よくなかったらしいなあ!
お袖 御神宣[#「宣」に「ママ」の注記]もなにも……先生は、今日は御病気。
登美 アッハッハハハ。
お袖 なにを笑うの?
登美 アッハハハハ。
お袖 ほかの事と違って、これだけは、笑ったりすると、ききませんよ!
登美 オッホホホホ。
お袖 登美子さん!
登美 だって、お袖さんの神様は、信者の病気だとか心配事なんでも治して呉れる方《かた》でしょう? そう言ったわね? その神様が御自分の病気は治せない。
お袖 そりゃ、先生だって、人間だから――。
登美 人間でしょう? だから、おかしいの、ウッフフフ。
お袖 ……ふん、あなたにゃ、なんでも、おかしいのよ!(尚、何か言おうとしていたが、よして、トットと廊下を上手へ消える。ホントに怒ったらしい)
三好 よせよ。そんな、からかうもんじゃ無いよ。
登美 だって、おかしきゃ、笑うわ。
三好 人間にとって、神様は、やっぱし人間であっても差しつかえ無いんだ。
登美 ツアラトストーラ、かく言えりか……。
三好 (カッと怒って、出しぬけに大きな声を出す)だまれ! 生意気だぞ君は! ツアラトストラがどうした? 君にとっては、なにもかも遊びかも知れんが、お袖さんは真剣だ。
登美 (いっぺんにしょげてしまって、しばらく黙って眼をショボショボさせていたが、やがて大変すなおに)お袖さんがどうか知らないけど、私に何もかもが遊びだって事はホントね。泣きたくなるような遊びだわ。……いくら考えても考えても……その結論が、私も男に生れて来ていればよかった……と言った、まるで、わかり切った、それでいて、今更どうにもならない結論に来れば、世話は無いわ。……ごめんなさい。
三好 (これも怒り出した時と同様に、唐突にスッと機嫌を直して)いいよ、いいよ。
登美 死んだ先生もおっしゃってたわ。あなたは、もともと大変子供らしい性質だけど、虫がきついから、始終気をつけて虫をこじらせないように、なんでも単純に単純に考えないといけない――。
三好 全くだぞ。
登美 でも三好さんだって同じよ。私が居れば、私さえ泣かされていれば、そいで三好の虫はなんとか納まって行けるけど、私が居なくなったら、どうなるんだろうって、先生、心配なすってた。
三好 あいつ、そんな事まで君に言ったのか?
登美 亡くなる四五日前にも、おっしゃったわ。三好さんだってもうシャンとしないと、先生お泣きになってよ。
三好 なによ言やがる。
登美 だって、三好さんのこと、先生、とてもそりゃ大事になすっていたんだから――。
三好 いいよ、いいよ。彼奴の事はよそう。いや、もうよせ。……ふん。……しかし、荒れてるなあ。
登美 あたし?
三好 いや、お袖さんさ。迷っているんだよ。無理も無いんだ。水商売とは言え、もともと良い家で育って、此方の女中頭でチャンとやって来た、あげくだ。子持ちの船乗りの所へなぞ、そうチョックラ行けはしまい。
登美 お気の毒だわ。あんだけの長唄ってものが叩き込んであるんだから、あれで何とか身は立たないのかしら。うまいと思うんだけどなあ。
三好 うまい。うまいのを通り越して、あの三味線を聞いていると、時に依って、なんか、人間の号泣しているのでも聞いているようで、俺あ、こたえる。……しかし、でも、長唄の師匠になるにも金がかかるらしいね。名取りになるだけでも、小千円かかるって、こないだ言ってた。
登美 だって、そこいらの名取りなぞより実際に実力が有れば、それでいいじゃありませんか。
三好 それが、そう行かないんだな。先刻の浦上の言い草じゃないけど、そいつが世間の雰囲気と言う奴かね。
登美 馬鹿にしてるわ。なんだい!
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(短い間)
[#ここで字下げ終わり]
佐田 ……三好さん、僕の作品、どうでしょう?
三好 う?……うむ。
佐田 ハッキリ言って下さい。
三好 そうだなあ。……だが……君、此の前、原稿持って来た時、変な事言っていたねえ?
佐田 なんですか?
三好 その作品が駄目とわかり、将来書いて行っても到底望みが無いようなら、なんだとかって。あれ、ホントかね?
佐田 ……言いましたかねえ?
三好 そ、そいじゃ、なにか、君あ、俺をおどかす気で、僕を脅迫するために、あんな大げさな事言ったんだね?
佐田 でも
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