けど、変ですか?
三好 変なことは無いさ。佐田伝次郎か。すげえ名だ。
佐田 すげえんですか?
三好 ……うーむ。(何か他の事を考へながら唸る。登美がクスクス笑い出す。それを振返って)なに?
登美 だって……。
三好 そうだ、韮山さん、天どんを食ったかな?
登美 持ってってあげといたから、お食べんなったでしょう?
佐田 駄目でしょうか?
三好 え?
佐田 僕の作品ですよ。
三好 チョッと待ってくれ。
佐田 ……そうと決れば、いよいよ僕も……(眼を据えている)なんとか考えを決めなければならないんですから。(上手奥でカタリと音がする)
登美 (それを聞きつけて)チョイト……(二人を手で制する)
三好 (なんだと言う顔)
登美 応接間から出て来たわ。……(短い間。……やがて上手の端の襖を開けてお袖が顔を出す)……なあんだ、お袖さん?
お袖 ただ今。
三好 お帰り。先生は?
お袖 直ぐそこでお別れして、先生はあちらへ。あのう、なには、無事に帰ったんですか?
三好 いやあ、会えるまで此処にがんばるんだって、応接の方にズッと居るんですよ。無事なだんじゃ無い、転げ落ちてね。
お袖 転げ落ちた? どこから? 誰が?
三好 韮山がさ。長椅子からね。
お袖 へええ。どうして、また――?
三好 ドタンと言ったんで、びっくりした。行って見ると、床の上でキョロキョロして御当人も驚いているんだ。居眠りをしていたらしいんだな。あんな連中の神経は、わからん。借金とりに来て、よその内で寝込んでしまう……大したもんだ。
お袖 ホントに何てえ、ごうつくばりでしょうね。
三好 だって、当然の金を取りに来ているのに[#「いるのに」は底本では「ゐるのに」]、ごうつくばりは無いだろう。
お袖 いいかげんに、もう諦らめたら、いいじゃありませんか。もともと六七年前に関西からポッと出て来て、小金を持っているもんだから何か始めようとマゴマゴしていた頃なんか、あれで随分先生の御厄介になった奴なんですよ。お借りになった金だって、たしか千円とチョットですよ。あれから毎年法外も無い利息を入れて来ているんですから、利息だけでも、とうの昔に元金は出ているんですよ。
三好 でも韮山はなんでも、一万円がどうしたとかこうしたとか言っていたが……ケタが違うようだな。
お袖 証文にはどうなっているか知りませんよ。書き換え書き換えして、利に利が積んで来ているんでしょうからね。でも、とにかく、五年前に先生のお借りになった金は千円とチョットですよ。忘れもしません。病院の方の、僅かばかりの建て増しの金なんですから、なんしろ、高利の金と言うのは怖いもんですよ。三好さんなども、お気を附けなさいましよ。
三好 ハハ、なに、貸して呉れる先さえあれば、高利もヘッタクレも[#「ヘッタクレも」は底本では「ヘツタクレも」]構やあしない、のどから手が出る位に欲しいけど、先様で相手にしません。でも、物は試しだ、韮山に申し込んで見るかな。
お袖 とんだ事をおっしゃる。淀橋の韮山正直と言やあ、あの島では名代《なだい》だそうですからねえ。彼奴にかかられて生血をしゃぶり[#「しゃぶり」は底本では「しやぶり」]尽された者が、どれ程居るか知れないんですよ。
三好 生血か。……血ぐらいなら、僕にもまだ、いくらか有る。
お袖 それに、憎らしいじゃ[#「憎らしいじゃ」は底本では「憎らしいぢゃ」]ありませんか。あれで、色気だけは隅に置けないんですよ。みずてん芸者の若いのを二人も三人も妾にして、待合いなんぞ出させているそうですよ。それでいて、女と見りゃ、誰彼なしに、直ぐにいやらしい真似をする。
三好 お袖さんなども、一票を投じられた口じゃないかな。どうです。チット色を持たせて、あべこべに大将の生き血をすする?
お袖 おお、いやだ! 男ひでりが、しやしまいし!
登美 ようよう!
お袖 こら馬鹿! お登美!(三好、登美、お袖笑い出す。佐田だけが、自分の傍で喋られている事にまるで無関心に、死灰の様に坐っている)……さてと、じゃ、私、離れの方に行きますから、彼奴には黙っていて下さいよ。先生の事を聞いて、又うるさいから。クサクサして仕方が無いから、おさらいでもするんだ。
登美[#「登美」は底本では「三好」] あとで、私にも又教えてね。
お袖 モダンガールに弾かれちゃ[#「弾かれちゃ」は底本では「弾かれちや」]三味線が泣く。
三好 鞍馬山だけは、かんべんしてくれないかな。あいつをやられると、脳味噌を引っ掻きまわされるようだ。
お袖 おっしゃいます! こうなったらなんでも引っ掻いてやる。(立ちながら)だけど、どうかなすったの? お顔が真青ですよ。
三好 ヘッヘ、若葉の照り返しだ。
登美 ふんだ! さっきの、ザマ!
お袖 なんですの? ……(それよりも自分の言った真青
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