誰が知らなくっても、俺あそれで満足する。戯曲なぞ書けても書けなくてもいい。末の末だ[#「末の末だ」は底本では「未の末だ」]。
轟 (深くうなづきながら聞いていたが)そこまで、あんたは自分を掘り下げて来ている。僕あ、頭が下がる。
三好 とんでも無い。掘り下げだなんて、そんな事じゃ無いさ。こりゃ男としての恥だよ。恥をさらけ出しているんだ。恥も外聞も無くした、言わば破廉恥な態度だ。
轟 いや、そうなんだ。それでこそ、あなたなんだ。……しかしね。僕あ思うんだけど、あんた自身のそんな風な考えは考えとして、そのあんたを良く見たり悪く見たりする世間も有る。これは又これで客観的な立派な一つの事がらだと思うんだ。そしてそいつが、不当に間違っていれば、やっぱし怪しからんと思いますね。
三好 ところが、そいつが間違っていないんだな。いや僕の事に就いてだけじゃ無い。すべての事、仮りに作品に就いてだって、外部からの批評と言う奴は、その高さや低さはあるかも知れんが、実は全部当っているもんだよ。昔の人はうまい事を言った。「目明き千人、めくら千人」。
轟 だから、その、主にめくらの方の千人にぶっつかった奴は災難ですからねえ。僕は近い中に一度、辻森淳三さんにでも逢って、新聞か雑誌でもう一度あらためて批評して貰おうと思っているんだ。
三好 違う違う。僕の言うのは、目明きが千人居て、別にめくらが千人居ると言うんじゃ無いんだ。同じ千人だよ。目明きの千人が同時にめくら千人なんだ。一人々々が、みんな目明きだし、同じその人がめくらだ。どっちにしても批評と言うのは、そんなものなんだ。
轟 そうかなあ。……しかし立派な批評家に批評して貰った作家は幸福だと僕は思うがなあ。
三好 僕は必らずしも、そうは思わんな。同じだよ。場合に依って、批評家から何だかだと言われるよりも、その辺に歩いている車引きのおっさんみたいな人から何か言って貰う事が、僕なぞ、うれしい事があるぜ。
轟 そりゃ、わかるけど。……三好さん、辻森さん知ってるんですか?
三好 よくも知らんけど、二三度会った事はある。逢うの?
轟 ええ。とにかく今後の事も頼みたいし。紹介状書いてくれませんかねえ?
三好 ……ああ、書いてもいい。この次ぎまでに書いとく。
轟 いつも、すまないけど。
三好 だが……逢うのは、いいが……どうして君は、そんな事ばかり気にするのかね? 少しあせり過ぎやしないかな。
轟 ……でも、人間、三十づらを下げて、こうしてウロウロしていますとねえ。それに生活……生活と言うんじゃ無い、生きているだけ……ただ食って寝て生きて行く食物や家賃さえ、来月のやつが見当が附かない、と言いたいが、四五日先きの当てが無い。おまけに病人だ。……せめて書いた物を上演してくれるあてでもあれば、金も金だけど、おふくろだって、暮しのことも病気の苦しさだって耐えて行ってくれる――。
三好 無理も無い。チャンと一人前の劇作家として世の中に立って行けるだけの腕は君には有るんだものな。……しかし今更そんな事を言ってたってどうなるんだね? 文壇だとか劇壇だとか考えて見たって、結局つまらんじゃないか。人一人、安心して死ねる所じゃ無い。つまらんよ、そんなもの。全体、俺達はウヌの好きで何は措《お》いてもやりたいと思った事をやってる。世間を見渡して、これで、自分のホントに好きな事をやっていると言う人は、極く僅かしきゃ居ないぜ。俺達が、なんだかだと言いながらも、かつえ死にもしないで、こうしてやって行けているのは、ありがたいと思わなきゃならん。僕あ、そう思っている。……僕なんぞも、言って見りゃ、明日の日がわからん。金はもう、此の二月ばかり無いしね。よく生きてると思う。
轟 だって堀井さんの方から、いくらか――?
三好 先生の方は僕よりゃ[#「僕よりゃ」は底本では「僕よりや」]、ひどいさ。……先ずお袖さんの才覚や、登美君の金で食わして貰ってるんだなあ。ハハハ、痩せる筈さ。もっとも、チョット心当りが無い事は無いから、それがどうにかなったら、少しは君の方へも廻せる。
轟 いや、こんだけ厄介になっているのに、その上そんな……実際、頭がカーッとして叫び出しそうになる事があるんだ。……おふくろだって、黙ってはいるが、やっぱりそうだと見えて、夜中にうなされたりしているんですよ。先日もヒョッと眼が覚めて見ると、おふくろが寝床の上に起き上って、ボンヤリ指を折って何か言っているんだ。よく聞くと、「一俵二俵三俵……」と言っている。昔、田舎で盛大にやっていた時分の、小作米の勘定をしているんだな。……人間の妄想と言うか……現在一升の米にも困っている病人が、よる夜中、床の上に起きて米俵の勘定をしてる。……僕あゾーッとしちゃってねえ。
三好 ふーむ。……
轟 ……なるほど僕は、あせってい
前へ 次へ
全28ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング