轟 いつまで此処にいるんですか?
三好 家の方が多少片附けば戻るんだろう。僕あ早く戻って、なんか働きにでも出たらとすすめているが、……なかなか人の言う事なんぞ聞く女じゃ無いからね。
轟 それにしちゃ、しかし、あんたのめんどうなど、よく見てくれるじゃありませんか。知らないで見ると、ちょいとこう――。
三好 ハハハ、あれ位の年頃の女には、そ言った本能が一般に有るんじゃないかね。……それに女房が生きていた頃を知ってるしね、僕がこうして一人でウジをわかしているのを見ると、あわれになるんだろう。……ひどく気にするじゃないか?
轟 気にするってわけでも無いけど。……奥さん亡くなられてから、一年と――。
三好 間も無く、六ヶ月になる。
轟 あなたも大変だなあ。……なんしろ、あの悪戦苦闘の後だもんなあ……。(間)
三好 ……君んとこのお母さん、いっそ病院に入れたらどうだ? そんな風にグズグズしていると、取り返しの附かん事になるよ。
轟 だけど、なにしろ先立つ物が無くっちゃ――。
三好 それは、しかし、此処の先生の診療所に話せば、なんとかなる。
轟 ありがとう。いずれ、お願いするかも知れんけど……それよりも、僕の作品の事が、目下のところ先決問題でしてね。
三好 だって、ああして発表してしまえば、一応その方は片附いたようなもんだから。
轟 そりゃそうだけど……そう大して人が読んでも呉れんだろうし――。
三好 そりゃ、まあ、あんな、始めたばかりの雑誌だからな。しかし、どうも僕が口を利いてあげられる雑誌は、あすこいらしか無いからね。
轟 いえ、そりゃ、僕なぞの作品を発表出来たのは、あなたのおかげだと思って、感謝しているんです。誤解して貰っちゃ困ります。発表した場面に不足を言ってるんじゃ[#「言ってるんじゃ」は底本では「言ってるんぢゃ」]無いんだ。僕なんぞが、そんな、そんな事言っちゃ罰が当る。
三好 いや……。だが、君のこないだの話では太田さん達の仲間あたりでは、だいぶ読んで呉れたって言うんだろ?
轟 あの一派は、あなたとの関係が有りますからねえ。でも、それにしてからが、あと、別に誰も何とも言ってくれんし、須堂さんなぞ今月の「世紀文学」に月評を書いてるんだけど、僕の作は黙殺しているんだ。あれだけ知ってるんだから、なんなら悪口でもいい、せめて一行でも書いて呉れたっていいと思うんだけど。
三好 ……そうかね。でも、そいつは何かの都合が有ったんじゃないか? 第一、批評するしないは当人の自由だもの。
轟 僕は、しかし、派閥根性と、一種の嫉妬心だと思うなあ、たしかに意識的なボイコットなんですよ。
三好 だが須堂さんが君に対して嫉妬心を抱くと言うわけも無かろう。
轟 外に取りようが、だけど、無いんだもの。当然この次には僕の戯曲に触れるべき所まで行くとグラリと方面を変えて他の雑誌の作品の批評をはじめているんですよ。たしかに、有ります! ほかの事は知らんけど、この僕のカンには間違いは絶対に無い! 絶対にありませんよ! なにが間違ったって、こいつだけは――。
三好 しかし、いくらなんでも、あの連中だって、それ程ケツの穴が狭くもないと僕は思うけどな。
轟 そりゃ、あんたが――。あんたが、そう思うのは、暫く引込んでいたからだな。現にあんたの事だって、あの連中ずいぶん酷く言ってるんだ。
三好 ふーん。なんだって?
轟 僕も又聞きですからね、ハッキリは言えんけど、……大概まあ、あんたの後輩でいながら、随分思い切った事を言うんだ。
三好 ……赤大根のインチキ野郎とでも言うか?
轟 いや、まあ、いろんな事をね……一つは御時勢がこんな風になって来たんで、連中、とても威勢が良くなったせいもある。
三好 時勢のせいじゃ無いね。……僕が昔ホントに赤大根だったせいだよ。
轟 そ、そんな、そんな――。
三好 いや、こいつは皮肉でもなければ、よくある自嘲でも無いんだ。俺あ、そうだったんだよ。七八年前を想い出すと冷汗が出る。
轟 だって、一人の劇作家として、とにかく戯曲と言う面から言って、つまり純粋に芸術的な業績としてチャンと――。
三好 そんなもの、大した事じゃ無い。又、もしそうだとしてもだ。そうだとすれば尚更だ。これはね。過去の自分をあわてくさって言葉の上だけで否定し去ることに依って、現在を韜晦《とうかい》するために、言っているんじゃ、決して無いんだ。鞭をあげて俺を叩く資格を持った人は、いくらでも鞭打つがいいんだ。……何と言われようと、俺あ、もう腹は立たん。俺あ、これから勉強しなおすんだ。よしんば……身体もこんなに弱ってるし……その勉強がなんの実を結ばなくても、実は結んでも、そいつを世に問う事が出来なくても、そいでも俺あ、いいんだ。自分として、腹ごたえの有る気持に到達出来さえすれば、そいつを
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