曲奏し終る)……。
三好 何か用? まあ、あがりたまい。
轟 ええ、ありがとう。チョット相談をしたい事がありましてね。いやあ、もう、僕あ、いよいよ以て駄目ですよ。(まだ庭に立ったまま、登美を見ている)
三好 まあ、あがれよ。
登美 一、二、三、四、……三好さん、オルゴールもう一度鳴らして! 五、六、七、八。……一、二、三、四、……(つづける。韮山は、まだ立って見ている。三好が、再びオルゴールを鳴らす)

     2 昼

[#ここから2字下げ]
 三好と轟と登美が、簡単な昼食をすましたばかりの所。三好と轟は机を中に坐って茶を呑んだり煙草を吸ったり、登美は机の上の食器類を片附けている。

 相変らず薄曇りの空。
[#ここで字下げ終わり]

轟 ……御馳走さん。
登美 どう致しまして。……(三好に)応接の方は、うっちゃっといていいかしら?
三好 どうして?
登美 だって、おなかがすくでしょう?
三好 あ、そうか。でも腹がすけば、なんとか言うだろう。
轟 あれ、なに? たしか此の前も見かけたなあ。
登美 アイスクリーム。(食器を抱えて奥へ出て行く)
轟 え……? (登美を眼で追う)
三好 堀井博士に会わせろと言うんだけどね。この家の抵当のことさ。
轟 ……こんだけの家を抵当にすれば、随分借りられるだろうなあ。どれ位なんです?
三好 僕あよく知らん。
轟 あんたは、いつ迄此処にいるんです?
三好 強制処分になる迄は居る。頼まれた様な形になってるしね。
轟 後《あと》は、どこへ行くんです?
三好 さあ。……(煙草をふかす)
轟 僕んとこでよければ来て貰うんだけど、狭いしね、それに病人を抱えていちゃあ――。
三好 その後、おっ母さん、どんな具合だい?
轟 もう、あかん。病気も病気だけど、そこいら中、メチャメチャですよ。僕も、早くなんとかしなきゃ、下手すると、間も無く幕が降りちまう。
三好 …………(考え込んでいる)
[#ここから2字下げ]
(登美戻って来て、机の上をフキンで拭く)
[#ここで字下げ終わり]
登美 ……(下手奥の方を※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]で指して)応接、馬鹿にシーンとしているけど、どうかしたんじゃないかしら?
三好 ……(チョットその方に耳をやってから)静かで、いいさ。
登美 だって、あんまりお腹が空いた結果――。
三好 眼をまわしたか? ハハ、君じゃあるまいし。
登美 いえさ、それだけで無くさ、なにか……。
三好 そんなに気になるんだったら、電話で何かそう言って……。
登美 電話は、とうに、切られているじゃ[#「いるじゃ」は底本では「いるじや」]ありませんか。
三好 そうだった。じゃ、やめるさ。
登美 いいわ、私、ちょうど手紙を出すのが有るから、ついでに言って来てやろう。いくらなんでも、かわいそうだわ。(立って奥へ)
三好 ついでに煙草買って来てくれないかな。
登美の声 はーい。
三好 金は、チョット角の店で借りて――。
登美の声 私、有るの。……(ドカドカ上手奥へ去って行く足音)
轟 ……全体、どうした人ですかね。
三好 だから、借金取りさ。韮山|正直《まさなお》か。音で読めば正直《しょうじき》だから笑わしやがらあ。
轟 いや、あの登美子さんですよ。
三好 登美? どうとは?
轟 どうして内を飛び出して、此処へ来てるんです?
三好 さあ。僕も詳しい事は知らんがね、家の相続問題でゴタゴタしているとか言ってた。あの人の上に兄さんが一人居てね、二人兄妹だが、その兄きと言うのが、なんでも妾腹の子だ。そいで、家の後しき〔跡式〕をその兄にやらせるか、登美君にゆずって婿を取るかと言うんで家ん中がムチャクチャにこぐらかってるらしい。なまじっか小金の有る家によくあるやつさ。そいで、やっこさん、家ん中がいやになったんだなあ。つまり、だから、結婚問題もからんでいるわけだろう。
轟 じゃ、その婿があの人と財産を一挙に手に入れると言うわけですね。もったい無いなあ。いずれ、じゃ、その相手を嫌って――?
三好 嫌ってるんじゃ無いらしいね。おかしいと言うんだ。
轟 おかしい?
三好 近頃の若い男なぞ、大概、ああ言った、女には、おかしく見えるんじゃないかね。なんしろ見合いをしていても、おかしくて笑いが止まらないそうだ。その癖、見合いと言う形式そのものを馬鹿にしてるんでも無い。
轟 変っているなあ。
三好 変っているかねえ? ……もっとも、今出征している男友達に好きなのが一人居るらしいが、それの帰って来るのを待っていると言うんでも無いらしい。待っていたって、帰って来るとも限らんしね。いずれにしても明るいもんだよ。勿論ニヒルとも違う。もっと健康だな。
轟 まるで、まあ、新らしいタイプですね。
三好 さあね。でもシンは普通の性質の女だよ。
前へ 次へ
全28ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング