るように見えるかも知れない。しかし、あんたが、こうして、落着いて居られるのは、僕なんかと違って、現在は困っていても、誰が見ても、あんたには作家として既に築き上げられた地位と言うものが有るんだからな。それにあんたさえその気になって、少しぐらいおかしな劇団の本でも我慢して書く気になりゃ――。
三好 僕の地位? アッハハハ、僕の地位か! そんなもの有るもんか! よしんば有ったにしたって、そいつが何になるんだよ? 事実何になっている? 御覧の通りどこでも相手にはしてくれないんだぜ? 僕は、もしホントに書かせてくれりゃ、世間からどんなにインチキだと思われている劇団の本だって、ムキになって書く気でいる。インチキ劇団はインチキ劇団で、それはそれで本職となれば僕あ立派な仕事だと思っている。その気になるもならんも無い。ただ先様に僕等に書かそうと言う気が無いだけさ。……駄目だ。君は一方に於て、そんな風な仕事を馬鹿にしていながら、同時に一方に於て、世間的な地位を早く手に入れたいとあせっているんだ。つまり、言って見りゃ、ホントは馬鹿にしきっている者に自分自身が早くなりたいと思っているんだな。
轟 ……矛盾していると言う事は、自分でも知っていますよ。だけど、あんたは、いちがいにそう言うけど、そんな地位だとか、人気だとかで一切が左右されるジャーナリズムとか[#「ジャーナリズムとか」は底本では「ヂャーナリズムとか」]文壇と言ったようなものが、現に存在している事は事実だからな。浮薄な事実かも知れんけど、或る意味では、事実ほど強いものは無いし、現実の真実だと思うんだ。それを否定していると、否定した此方があべこべに否定されて、ひっくり返るかもわからん。
三好 うん。わからんじゃ無しに、ひっくり返るね。現に、ひっくり返された僕と言う者が、こうして、居る。……しかし、それが全体、なんだてんだい?
轟 なんだって事も無いけど、そんな偏狭にならないで、此の世間的なアクタモクタをも避けないで、肯定した上に立って進んで行く方が、やっぱし作家としてのホントの道じゃないかと、近頃、そんな気がするものだから――。
三好 ……なるほど、僕は偏狭だよ。こりゃ、直さなきゃ、いかん。……だから、僕が考える通りに君も考えろなんて、僕は言いたくは無い。しかしだな。君がたった今言った事と、先刻言った事とは、字面は似ているけど、まるで違う事だよ。そして、君のホントの腹は前のようじゃないかね?……いや、だからと言って、僕は君をどんな意味ででも非難しようとは思って無い。たしかに、そんな態度も有るし、その方がホントかも知れんからね。ただ残念ながら、今のところ、僕はまだそんな風には考えきれない所でフラフラしているんだ。せめて、戯曲を書くことを、自分と言う人間のヤワさを鍛えに鍛え抜いて行く修業だと思って、やらして貰ってる。……その内には、もしかすると、何か少しは役に立つような物が書けるかも知れない。……書けないかも知れない。……その間、一所懸命にやるから、済まんけど、無駄飯を食べさせて置いてくれ。……生かして置いてくれ。……大げさな言い方をするようだが、それさ。
轟 ……(次第に坐り直し、頭を垂れて聞いている)
三好 先ず、地獄だ。世間も、そいから自分の裡もだ。神よ神よと叫びながら、しかし、自分の身体で、こいつの中をのた打ち廻って、思い捨てないで、毎日々々を、これきりだと思って、汗水を垂らして行くんだ。救いが、もし有るならば、そいで、実は、此処にしきゃ無い。地獄のほかに逃げ場所が有ると思えれば、そいつは、地獄じゃ無い。此処だけだ。此処に全部あるんだ。廿四時の地獄だよ。
轟 …………地獄か。
三好 …………(涙を拭いながら)やれやれ、頭がズキズキ痛みやがる。
[#ここから2字下げ]
(間。……四辺は静かである)
[#ここで字下げ終わり]
轟 ……僕も考えて見よう。僕の立っている所など、あんたに較べれば、まだ甘いもんだ。なるほど、対世間的なことなど考えてあせるのは僕など、まだ早い。
三好 (昂奮の過ぎ去った後の静かな調子)いやいや、達うよ。俺が甘っちょろい男だから、こんな大げさな事を考えなきゃならん所に、おっこちるんだ。ばけ物をこわいこわいと思っている臆病な子供が、闇の中から白い物が出て来たのに、ハッと思った怖さの余り、そいつに掴みかかって行くと言った類いだろうな。ハハ、弱虫の証拠だろう。どこまで行ってもリアリストで無い。……世間と言うものはこんなもんだと平たく思って、すなおに順応して行くのが、ホントかも知れんさ。俺だって、心がけだけは、そうしようと思って居る。ただなかなか、そいつがうまく出来ないだけさ。君を非難したいとは思わないと言ったのは、そこの事さ。そんな世間は馬鹿らしいが、その馬鹿らしい世間が厳然とし
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