だ少しは痛いけど。
堀井 どれ、チョット見せたまい。(寄って来る)
三好 いいですよ、いいですよ。(尻ごみをする)いいですよ。そんな、今頃――
堀井 だって、これが見納めになるかも知れんぜ。そんな事言わないで見せろよ。どれどれ。
三好 (逃げまわりながら)なあんだ、いいですったら! 僕のケツがどうだってんだ。馬鹿にしなさんな。
(お袖泣いていた涙を拭きながら、笑い出す)
堀井 ハッハハ、まあ、そいじゃ、悪くなったら診療所に言っとくから、後藤君に診て貰うんだな。(刀を持って立つ。その辺を見まわしながら)見納めと言やあ、此処も見納めかな。いやさ、よしんば僕が無事でいても、どっちみち、とうに他人の物だ。……なんしろ、古い家さ。
三好 ……(坐り直して、畳に両手を突いて頭を下げる)先生、いろいろ言いたい事も有りますけど――どうかシッカリやって来て下すって――。
堀井 (立ったまま、これも頭を下げて)……ありがとう。君もどうか。……後の事よろしく頼む。
お袖 じゃ私も、そこいらまで――(立つ)
堀井 いいよ、いいよ、見送られるてえガラじゃ無い。
お袖 でも、なんですから――チョット行く所もありますから。
堀井 例の神様か? 袖も、いいかげんにした方がいいぜ。インチキ宗教であろうとなんであろうと、信仰すると言うのは悪い事じゃ無いが、縁談から金談、堀井家の再興まで受合う神様なんて、話がうますぎる。
お袖 馬鹿になさいまし。今に先生も思い当られる事が出来て来ます。
堀井 ハハ、思い当るか。いやさ、お前が退屈ざましに、神様を見に行くと言うんだったら、話あ別だ。大変な色男だそうだな?
お袖 (怒っている)……ば、罰が当りますから! そんな事おっしゃっていると――。
堀井 怒るなよ。僕あただ、お前が飛んだ延命院に引っかかりゃ[#「引っかかりゃ」は底本では「引っかかりや」]しないかって心配してるだけだよ。そんなことでグズグズしているよか、横須賀の伯父さんの言う通りに、その船の人の縁談を受けたらいいじゃないか。子供が一人や二人あったって、構わんじゃないか。船員と言うものは、船から降りると恐ろしく情が深くって、オツだと言うぜ。
お袖 たんと、おっしゃいまし!
堀井 いやさ、そうしてシャンとしているお前ほどのものを、もったい無いと言うのさ。
お袖 ホントに、先生は、――(怒って居りきれず、笑い出してしまう。堀井も三好も笑い出す)馬鹿ね!
(その笑声に混って奥でベルが鳴り出す。三人ヒョイとそれに気が附いて、次々に笑い止んで耳を澄ます)
堀井 ……野郎、来やがった。(少しキョトキョトする)
お袖 どうしましょう? そうでしょうか?
三好 ……裏木戸から行って下さい。
堀井 袖、靴だ靴だ!(お袖、足音を立てないように走って上手奥へ去る)三好君、頼むよ。(縁側に出る)
三好 大丈夫ですよ。……(下手奥の玄関の方に聞き耳を立てている。その方で誰かが何か言っている声が微かにする)僕あ、玄関で喰いとめていますからね……(行きかける。そこへお袖が堀井の靴と自分の下駄を抱えて小走りに戻って来て、少しウロウロする)
堀井 (押し殺した声で)袖、早くしろ!(お袖、下駄を庭におろして穿き、堀井の靴を並べる)三好君、じゃこれで。
三好 じゃ――。
堀井 おっと――(靴を穿きにかかるが、あわてているので、うまく穿けない)くそ、外で穿け!(いきなり靴を手に持って、足袋はだしで庭に出て、お袖を先に、ユスラ梅の所を廻って上手の方へスタスタ行きかけ、フト靴と刀をかかえ込んだ自分の姿を振り返って見て、不意におかしくなり声を忍んで笑いながら縁側の三好を振返る。三好は、笑わず早く行くようにと手で示しながら、玄関の方を気にしている。お袖と堀井、庭を上手へ消える。それと殆んど入れ違いに、下手八畳の室の下手の襖を開けて初老の男(韮山)が、ノコノコ入って来る。古ぼけた洋服が身体に合わず、小さい両眼が赤く充血している。三好は此方の縁側に立ったまま、その気配に気を配っている。)……(やがて、大きな声でどなりつける)誰だあ?
韮山 …………(その声に耳を立てるが、返事はせず、キョトリキョトリとその辺を見まわしている)
三好 ……(振返って見て、堀井達の立去ってしまったのをたしかめてから、廊下をノソノソ歩いて、八畳の方へ)ああ、あなたでしたか。
韮山 やあ。……
三好 ……なんだかムシムシしていやな天気ですねえ。
韮山 天気? 天気など、どうでもよろし。堀井博士に私が来たと言って下さい。
三好 堀井さんは、居ません。
韮山 冗談言ってはいけまへん。居ないものが、あんだけ呼びりん鳴らすのに、なんで誰も出て来ない?
三好 (笑い出して)居ないから出て行けないのですよ。だけど、ベルをあんなに激しく鳴らすのは、かんべんし
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