て下さい。二三日前僕が修繕したばかりだ。
韮山 (相手の言葉を無視して)本所の病院の方に私は行って来たんですよ。いらっしゃらん。院長ともあろうものが、そうそう病院に出て来ないと言うのもおかしな話じゃが、いくら捜しても居やはらんしな。だから此処だ。
三好 此処には今、僕が居るきりです。まあ、お坐り下すったら、どうです。(そう言う自分も立ったままである)
韮山 (ニヤニヤ笑いながら、花林の卓の前に坐る)たしか、なんとか言いましたね?
三好 三好です。(これも坐る)
韮山 堀井博士とは、どう言う御関係でした?
三好 亡くなった家の者が先生に診て貰っていました。僕も厄介になって来ましたが、まあ、友達……と言うのも当らんかも知れんが、先輩の友人と言うとこですね。どうしてなんです?
韮山 こうしてゴタゴタしている家屋の留守番をなさっている位だから、勿論私に対する博士の債務のことも御存じだすな?
三好 くわしい事は知りませんが、でもまあ、いくらか――。
韮山 そう落着いていられちゃ、困りますねえ。とにかくね、よござんすか、此の前も言ったように、私の方のことを何とも片附けないで、ことわり無しに此の家屋を銀行へ二番に入れると言うのは、聞こえないと思うんだ。憎いですよ。私が腹に据えかねているのは、そこだ。そうじゃありませんかね?
三好 だけど、銀行の方は、あなたの方よりもズット以前の抵当じゃなかったんですか?
韮山 そりゃ、私の方の証書の書き代え以前の話だから、書式にすれば銀行の方が先口かも知れません。しかし、その前から私の方じゃ証書一枚で随分御用立てしてあったんだから、義理人情を多少でも知っていたら、みすみす銀行に持って行くと言う法は無いのだす。
三好 韮山さんが義理人情のことをおっしゃると、少し妙ですね。
韮山 (怒り出す)そうでしょう? そうなんだ! あんた方あ、その腹だ。高利貸しが義理の人情のと言うと、あんたらの眼で見りゃ、狸が衣冠束帯で出て来たように見えるのかいな! ふん! その狸にだ、生きるの死ぬのと言って泣き付いて貸して貰ったなあ誰かね? 笑わしちゃいけませんぜ。いいかね? 義理も人情も問題にしないで私が開き直ればだ、いやさ、仮りに私がその気になって荒立てて来れば、この二番抵当のことは、刑事々件にだってなせる事じゃ。
三好 刑事々件ですか?
韮山 詐欺取財だす。そうじゃありませんかね? だけど、先生とは永年のおなじみだから、まさか、こうなっても、それほど冷たい事も出来ないと思うて、わては、これでも、我慢に我慢をしぬいて来ている。先生に会おうと思って足を棒のようにして彼方此方お百度を踏みはじめてからだって、もう一月の余にもなります。そこんとこはあんたも諒解して貰いたいな。
三好 そりゃ、わかっています。
韮山 でしょう? それなんだ。第一、私は、先生が誠意さえ示して下さりゃ、元金《もときん》だけで、利子の分はスッカリ棒を引いてもいいと言う腹さえ持っている。
三好 この前も伺いました。……だけど、今の先生には千円一万円も同じことじゃないかな。
韮山 だ、だからさ、だからわては言うんだ。問題は誠意ですよ! 誠意の問題だす。先生が誠意さえ見せて下さりゃ、なにも好んで事を荒立てたいとは思うていません!
三好 そうですかねえ。だけど無いものは無いんだから……いっそ、どうです、その刑事々件にしちゃったら!
韮山 そ、そんな、あんた。あんたは心易く言うが、そいでは、そうしてもよろしか?
三好 ほかに仕方が無ければ……。
韮山 だから問題は誠意の問題だと言うとるんや、私は! な! 人は情の淵に住む、歌の文句にも言うたある。いいか! 問題は誠意の――。
三好 誠意なら、先生は持っていますよ。
韮山 (いたけだかに)持っている! 持っている人が、どうして、こんな具合に、弁護士に頼んで銀行の方だけに家屋から家財一式を、そっちの方だけに、封印を貼らせてしもて、私の方で債権を実行しようとしても手も足も出ないように、でけます? しかも、話を附けようと私がこれほど追い廻しているのに、逃げかくれして歩くことが、どうして、でけます?
三好 金さえ有れば問題無いでしょう?
韮山 そりゃ、金が有れば、金が有れば、私の方は、もともと、――(フッと言葉を切り、聞き耳を立てる。奥で何か物音がしたのである。三好もそっちを見る。再び奥でコトコト物音がする。韮山スッと立って、上手の広い室との間の襖を開けて入って行き、誰も居ないので変な顔をして四辺を見廻わす。三好も続いて入って来て、韮山のする事を眺めている)……ふむ。……(韮山、再び此の室の奥の襖を開けて、出て行く。三好もそれに従って奥へ消える。……間。あちこちの室を人を捜して忙しく歩きまわっている韮山の襖を開け立てする音。……しばら
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