違う事だよ。そして、君のホントの腹は前のようじゃないかね?……いや、だからと言って、僕は君をどんな意味ででも非難しようとは思って無い。たしかに、そんな態度も有るし、その方がホントかも知れんからね。ただ残念ながら、今のところ、僕はまだそんな風には考えきれない所でフラフラしているんだ。せめて、戯曲を書くことを、自分と言う人間のヤワさを鍛えに鍛え抜いて行く修業だと思って、やらして貰ってる。……その内には、もしかすると、何か少しは役に立つような物が書けるかも知れない。……書けないかも知れない。……その間、一所懸命にやるから、済まんけど、無駄飯を食べさせて置いてくれ。……生かして置いてくれ。……大げさな言い方をするようだが、それさ。
轟 ……(次第に坐り直し、頭を垂れて聞いている)
三好 先ず、地獄だ。世間も、そいから自分の裡もだ。神よ神よと叫びながら、しかし、自分の身体で、こいつの中をのた打ち廻って、思い捨てないで、毎日々々を、これきりだと思って、汗水を垂らして行くんだ。救いが、もし有るならば、そいで、実は、此処にしきゃ無い。地獄のほかに逃げ場所が有ると思えれば、そいつは、地獄じゃ無い。此処だけだ。此処に全部あるんだ。廿四時の地獄だよ。
轟 …………地獄か。
三好 …………(涙を拭いながら)やれやれ、頭がズキズキ痛みやがる。
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(間。……四辺は静かである)
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轟 ……僕も考えて見よう。僕の立っている所など、あんたに較べれば、まだ甘いもんだ。なるほど、対世間的なことなど考えてあせるのは僕など、まだ早い。
三好 (昂奮の過ぎ去った後の静かな調子)いやいや、達うよ。俺が甘っちょろい男だから、こんな大げさな事を考えなきゃならん所に、おっこちるんだ。ばけ物をこわいこわいと思っている臆病な子供が、闇の中から白い物が出て来たのに、ハッと思った怖さの余り、そいつに掴みかかって行くと言った類いだろうな。ハハ、弱虫の証拠だろう。どこまで行ってもリアリストで無い。……世間と言うものはこんなもんだと平たく思って、すなおに順応して行くのが、ホントかも知れんさ。俺だって、心がけだけは、そうしようと思って居る。ただなかなか、そいつがうまく出来ないだけさ。君を非難したいとは思わないと言ったのは、そこの事さ。そんな世間は馬鹿らしいが、その馬鹿らしい世間が厳然とし
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