少しあせり過ぎやしないかな。
轟 ……でも、人間、三十づらを下げて、こうしてウロウロしていますとねえ。それに生活……生活と言うんじゃ無い、生きているだけ……ただ食って寝て生きて行く食物や家賃さえ、来月のやつが見当が附かない、と言いたいが、四五日先きの当てが無い。おまけに病人だ。……せめて書いた物を上演してくれるあてでもあれば、金も金だけど、おふくろだって、暮しのことも病気の苦しさだって耐えて行ってくれる――。
三好 無理も無い。チャンと一人前の劇作家として世の中に立って行けるだけの腕は君には有るんだものな。……しかし今更そんな事を言ってたってどうなるんだね? 文壇だとか劇壇だとか考えて見たって、結局つまらんじゃないか。人一人、安心して死ねる所じゃ無い。つまらんよ、そんなもの。全体、俺達はウヌの好きで何は措《お》いてもやりたいと思った事をやってる。世間を見渡して、これで、自分のホントに好きな事をやっていると言う人は、極く僅かしきゃ居ないぜ。俺達が、なんだかだと言いながらも、かつえ死にもしないで、こうしてやって行けているのは、ありがたいと思わなきゃならん。僕あ、そう思っている。……僕なんぞも、言って見りゃ、明日の日がわからん。金はもう、此の二月ばかり無いしね。よく生きてると思う。
轟 だって堀井さんの方から、いくらか――?
三好 先生の方は僕よりゃ[#「僕よりゃ」は底本では「僕よりや」]、ひどいさ。……先ずお袖さんの才覚や、登美君の金で食わして貰ってるんだなあ。ハハハ、痩せる筈さ。もっとも、チョット心当りが無い事は無いから、それがどうにかなったら、少しは君の方へも廻せる。
轟 いや、こんだけ厄介になっているのに、その上そんな……実際、頭がカーッとして叫び出しそうになる事があるんだ。……おふくろだって、黙ってはいるが、やっぱりそうだと見えて、夜中にうなされたりしているんですよ。先日もヒョッと眼が覚めて見ると、おふくろが寝床の上に起き上って、ボンヤリ指を折って何か言っているんだ。よく聞くと、「一俵二俵三俵……」と言っている。昔、田舎で盛大にやっていた時分の、小作米の勘定をしているんだな。……人間の妄想と言うか……現在一升の米にも困っている病人が、よる夜中、床の上に起きて米俵の勘定をしてる。……僕あゾーッとしちゃってねえ。
三好 ふーむ。……
轟 ……なるほど僕は、あせってい
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