前みたよなイタズラ娘が、甚次ば迎へに来ると言ふ法無あぞつ! 帰れ。うん、帰れ! 子供ん時は好え仲だとか、許婚だつたとか、そら、ホンマであつたとしてもだ、そりは、貴様の身性がマツトウであつてこそだ。何処の誰ともわからん者の子なんぞ産みやがつて――貴様そいでも、甚次の来るのば待つてゐて、あんとか又話ば――。
トヨ 笠太郎の小父さ。……私あ、迎へに来たんでない。篠町へ出て、汽車ん乗つて、久保多の町の方へ行きます。くたびれたで、休んで居るだけぢや。(これで笠太郎は口をふさがれて石の様に黙つてしまふ)
六平 ふーん、ぢや、久保多の三業の方に話が出来たと云ふはホンマかい?
トヨ ……へい。
六平 子供あ新家に置いてか?……んだがお前、三味線ひとつ引けめえに、三業と云うたところで、事は知れてら。気の毒――。
トヨ ……へい。……誰がしたんでも無あ、自分で自分ば売るんぢやから。
六平 赤の父親ば打開けて言へばよかろに。
トヨ ……婆と私の二人で、いぐら芝あ担いでも、おかいこ飼つても、口過ぎ出来なかつたです。そんで……。(短い間)
六平 一体が、その男にしてからが、悪気が有る訳でも無かろよ。又、心当りに話しとかあ。よし、ぢや、とんかく産後ではキツからうで、篠までは乗合に乗つて行きな。さ、私が、賃金は出してやつから。さ、遠慮いらね、取つときな。
トヨ ……へい。いりません。
クミ いただいといたら、えゝに、折角人が――。
トヨ いらねえ。
笠太 ……いけ、剛情な――。
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(間)
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クミ はあ、もう、おつつけ日が暮れら。
笠太 (又出しぬけに、六平太に向つて)区長さん、あんたもう帰つてくだせ、よ。
六平 (これも亦、火が付いた様になつて)そもそも高山の二段田と云ふは、本村では、三石が少し切れると申す取れ高一番の上田であつて見れば、ねらつてゐるのは、尊公一人と思ふと当がはづれるぞ。娘一人に婿八人、えゝと、婿は七人だつたかいな……(クミがクスクス笑ふ。六平太は自分で自分の話の脈絡を失つて、尚一層の馬力で喚く)そ言つた訳! 尊公が高山に対して手附の上にいくら貸金が有るか知らんが、その尊公にあいだけの貸しが有るのは私だ。その私が又、どうにもかうにも染谷への払ひが出来ず染谷は染谷で分散しかけてゐるとあつて見れば、これは全体どう云ふ理窟になるか! うん? そもそもあの二段田の落着き先と云ふもんは――。
笠太 お言葉中でがすが、お言葉中ぢやが――。(その時右手から野良着のままのオヤヂが酔つてユデダコの様に赤い顔に手拭ひ頬被り、右手に大型の稲刈鎌の光つた奴を握つて、気が立つてゐる様子で小走りに出て来る)
オヤヂ 逃がしはしねえぞつ! 畜生! 待ちやがれ! (言ひながら、待合に飛込む。アレと叫ぶクミ)やいやい! (自分の顔を相手の鼻先に突き付ける様にして、五人の顔を順々に覗き込む。しまいに寝てゐる六郎の顔まで覗き込むが、目的の顔にはぶつつからぬと見えて)畜生、どこい行きあがつたのだ! 出ろ、出て来い! (外へ飛び出る)他人からクスネたこうじ[#「こうじ」に傍点]で拵えた酒ぢや無えのだつ! よけいな世話あ焼きあがつて! 告発するが聞いて呆れらあ! へん、おカミがあんでえつ、私等のたつた一つの楽しみば、告発だとつ! クソツ、見付けたら最後、うぬの首あ、かつさばいてやつから見てやがれつ! 人の怨みが有るものか無いものか!(キヨロキヨロ左右を見た末、持つた鎌で何かを散々に斬る真似をしてから再び右手へ走つて行つてしまふ)
クミ あんだえ、あの人※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
六平 酒ば告発だなんて言つてるが、まさか検査官が来たんではあるめえな?
笠太 へーい! 検査官? すると――(眼の色を変へてゐる)
六平 今のは確か高井村のなわ手の小作だ。しかし、まさか――。
笠太 チヨツクラ、私訊ねて来て――。(右手へ行きかける。そこへ左手の方で自動車が着いた音とラツパ。それを聞くや六平太はその方へ行きかける。笠太郎はどつちへ行つたものかと右へ四五歩、左へ三四歩ウロウロ迷つた末、六平太の後を追うて走り出す。トタンに出しぬけに大きな声で仇六の歌声。六平太と笠太郎はビツクリして立止つてしまふ)
(酔つて歌ひながら、踊つて左手から出て来る仇六。左肩には、空になつたマユ袋をしばり付けテンビン棒をかついでゐるので、踊ると云つても右手を差上げたり、腰をグラグラさせるだけのものである)
仇六 はあーあ、踊る阿呆よ、踊らぬ阿呆、同じ阿呆なら踊らんと損ぢやい、と。トコドツコイ、ドツコイサ! 踊らんと損ぢやい。トコドツコイ。おい君、こら、吹きなよ、ハーモニカ吹かんかよ、おい君、紙芝居君!(後ろを振返つてわめく。見ると、みすぼらしい和服の三十歳位の男が、背に幼児を負うて、仇六について出て来る。仇六から、おい君吹かんかよと言はれて、困つて笑つてゐるのである)吹けえオイツ! 吹かにやかつ!(男、仕方なく持つてゐるハーモニカを二声三声吹く。仇六は踊る)ハ、ドツコイドツコイ、ドツコイサ、音頭とる子が橋から落ちたあ、流れながらも、音頭とる、ハ、ドツコイ……。あれえ、なぜ吹くば止すのだつ?
紙芝 (弱つて)此の子が目を醒して泣きますから。
仇六 かまん、かまん! ハ、ドツコイ……。
六平 仇六、今帰るか? えらい景気だの!
仇六 はあ、区長さんかね? 景気も景気、大景気さ。家中の者、夜も日も寝ねえで夏中かかつて出来したおカイコが、いぐらだと思ふ? へん、いぐらだと思ふ? へん、大枚十四両と二分だあ。問屋場ぢや一円七十銭の値が崩れようとしてけつからあね。大枚十四両と二分だあ! どうでい、大分限者だぞつ!
笠太 ヘーイ、さう言ふ事になつて来たんかのう!
仇六 桑の代だけも十両ばかかつてゐるんだぞ。へん、俺あ泣けて来たで、泣く代りにドブロクひつかけて来たんぢや。景気が好いのがあにが悪いかつ! 俺あ十四両の大分限者でい!
笠太 私んとこも、そいでは、早く秋蚕の始末にかからんと。
仇六 はあ、お前は笠太郎のオヤジでは無えか! どうだ、その甚次公の金持ちは戻つて来たのか? 戻つて来たら、うまくハメ込んで、借金やら二段田やら、いろいろ金え引張り出さうと云ふコンタンか知らねえが、さううまく行ぐかのう? どだ? うまく行つたら、銀行ば立てろ。な! そして抵当なしでドンドン金貸してくれ。頼むぜ。妻恋農工銀行ちうのだ、ええかつ! 妻恋農工銀行万才! 万才!(その間に、はじめビツクリした後、モヂモヂして皆を見廻してゐた紙芝居屋は、休息するために待合の方へ行きかける)
六平 仇六、お前、篠町から乗合で来たのか?
仇六 誰があ! 半額にまけろといくら掛合うても、まけくさらん。歩いて来たでさあ。此の人と、なあ(と男を目で捜して、歩きかけた男の肩を掴む)吹けよ、おい君!
紙芝 くたびれてゐるから。
笠太 甚次らしい若い男、篠町辺で見かけなんだか?
仇六 知らん。知るもんか。へん、笠太公、お前あんまり慾の皮突張らすのよしな。お前の待ちこがれて居るのは、甚次で無くて、甚次の金だろが?
笠太 阿呆つけ!
仇六 へん。そいで無かつたら、甚次が、――さうだ此の人であつても、構はん理窟ぢや。なあ君、君は紙芝居であるけれどもが、君が辺見甚次君だろ、アハハハそんねな事、どうでもええわい、さ、ハーモニカ吹いちくれ! 吹けつ!(言はれた男は既に、待合は満員なのでその外の盛土の上に、グツタリと腰をおろしてゐる。弱つたなあと口の中で言つて仕方なくハーモニカを二吹三吹する)ア、コリヤサツト、マユがさがれば、百姓の目が釣り上る(デタラメに歌ひながら、ズツコケて来たマユ袋を頭から引つかぶつて踊り出す)こんな踊り見た事あんめ! マユ売る阿呆に、マユ売らん阿呆、同じ阿呆なら飲まなきや損ぢや。スツトコドツコイ、ドツコイシヨと!
クミ あれまあ、アハハハハハ! ハハハ!
女車掌 妻恋行きが発車しまあす!(と呼びながら、左手から出てくる。橋の上へ来て)妻恋行きにお乗りの方ありませんかあ? 妻恋行き、ありませんかあ? はれ、まあ!(と袋をかぶつて踊つてゐる姿を認めて、ノコノコ近付いて来て見てゐる)あれえ、こん爺さんだよう、篠町からこつち車の後さぶら下つちや、賃金半額にしろと云ひ通してとうどう乗らんかつた人!
仇六 あにをつ!(袋から顔を出して)よう、べつぴんさん! あにを、憎まれ口を叩くでい! お前だろ、そんダンブクロ見てえな制服の下から、赤いユモジぶら下げて澄まして篠町まで行つた車掌ちうのは!
女車掌 好かん! 馬鹿つ! はーい、妻恋行きが出るが、乗る人無あですか?
クミ 父う、乗つて戻ろうよ。
笠太 あにを云ふ!(車掌に)乗る人あ一人も無えさ。無え無え! 私等あ帰る時が来れば歩いて帰らあ。
女車掌 チツ、車あ人が乗るために定期で通つてるもんだよう。昨日から四度通つて一人もお客が無あとは呆れたわい。こんな事ならば、定期やめるぞ。ケチツ臭え!
六平 ちよいと聞くが、昨日か今日、篠町か高井の方から此方へ乗つて来た客で洋服を着た人無かつたかな?
女車掌 へい? 洋服?
笠太 まだ若い男だがの?
女車掌 有りますよ、今日、ホンの先刻だあ。
六平 な、な、な、有るのか? 篠町から?
女車掌 いいえ、高井からだけどねえ、眼鏡かけて、革のゲートル巻いた三十四五の人でしうが?
笠太 ど、ど、どこで降りたね、そん男?
女車掌 ホン、そこの松の木の宿で降りて、飯ば食ふには何処がええと聞いたから、私が松島屋ば教えてやつたで、食つてんだろ。
笠太 こら、いかん。さ、さ、(と駆け出しかけて、クミを思ひ出して走つて引返し、クミの手を取つて引立てる)さ、来う! さ!
六平 (同様に寝こけてゐる六郎を引ずり起して)さ、こら、六! シヤンとせえ!(手を取つて走り出す。既にその時には笠太郎はクミの手を引いて左手の橋を渡りかけてゐる)
女車掌 松島屋へ行くんだら、通りを行くより、直ぐそこんキビ畑左い折れるが近道だよう。
六平 さ、こら!(と負けじと走りかけるが、寝呆けてゐる六郎の身体が足もつれになつて前へ行けず、ドツと転ぶ。その間に六郎が小旗を振り振り夢中で左手の方へ走り出す「はあ、万才! 万才!」と叫びながら。それを追掛けて腕を掴んで引戻して)こん野郎、そつちで無えわい!(六郎を殆んど引ずる様にして左手へ橋を渡つて走り去る)
女車掌 あーんだえ、ありや! 豚の尻つぽさ、火が付きあしめえし!
仇六 豚だか馬だか知んねえが、尻つぽさ火が付いたは、ホンマらしいて。アハハハハ! どりや、帰るべいや。ドツコイシヨ。
女車掌 乗らんかね、あんたあ?(男に)
紙芝 乗らん。私あ此処で――。
仇六 乗せてくれるんか? ホンマか、べつぴん?
女車掌 あれま、あんたユンベ篠の祭に出てゐた紙芝居の人でにやあかね?
紙芝 ……見たんですかい? ハハ、きまり悪いなあ。
女車掌 面白かつたで、おしまひまで見てしまうたよう。沓掛時次郎つうの好いわえ。(声色)太郎吉よ、もつともだ、俺も逢ひてえ、逢つて一言……あの辺好いわえなあ。
紙芝 ありがとうさん。まだ下手だ、私あ。
女車掌 これから又商売行くの?
紙芝 へえ、まあ……。
仇六 おい、乗せてくれるんかい? べつぴん、ホンマに乗せるか?
女車掌 あんだい、いやらしい、こん助平!(仇六の頬を平手で一つ喰はして、ドンドン左手へ行つてしまふ)
仇六[#「仇六」は底本では「仇七」] タツ! アハハハ。ワーンワーンワーン!(泣き真似。しかし涙を流してゐる)ワーン! 待て、この女郎め! 帰るから待ちなつ! ワーン(手を振り振り、左手へヨロヨロ小走りに、踊りの手附きで、唄ひつつ去る)マユ売る阿呆に、マユ売らん阿呆、同じ阿呆なら、飲まねや損ぢやい……。
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(後に残されたトヨに、紙芝居。暫く二人ともヂツとして身動きもしない。……やがて紙芝居ノツソリ立上つて振返つて見てから待合の中へ入つて行く)
[#ここで字下げ終わり]
紙芝 やあ、御
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