しね、自分にも思ひもかけない、かうして――(と忘れて手に持つてゐたハーモニカが眼について吹き鳴らす)
トヨ まあ! ハハ。
紙芝 (声色)生れ故郷の沓掛宿、はるかに望む秋の野を、泣くな泣くなよ太郎吉と、ひたすら急ぐ時次郎、てなわけだ。ハハハハ、ハハハハ!
トヨ ハハハ、ハハ、のんきでえゝわいね!
紙芝 のんきだあ! ハハハハ、のんきだあ! ハハハハ! (哄笑するが顔は泣きさうである)
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(左手から、洋服、ゲートル姿の男が楊枝で歯をせせりながらツカツカ出て来る。一度橋の上に停つて時計を出して見て、それから陽を見て、ブツブツ呟いてから、待合の方へ。中の二人をヂロヂロ見る)
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洋服 ……あんた等も妻恋行きかね?
紙芝 (涙を指で拭きつつ)へえ? いいえ。
洋服 妻恋行は、たしかもう一度出る筈だね?
紙芝 さあ。(トヨに)出るんですか?
トヨ へえ、五時のが出る。(紙芝居に)あんたさん、どつちへ行くん?
紙芝 へえ、さあ、と……妻恋――村の高井に祭があるさうで。さう、高井へ行きませう。
トヨ 祭なれば妻恋のお薬師さんも今夜が宵宮だで。
紙芝 いや高
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