け待つて来ねえのぢやから、何か差しつかえが出来たのぢやろ。
六平 お前も帰るかなあ?
笠太 私あ、ついでだ、もう少し待つて見つからね。あんたあお先い帰つてくれろ。金え使はしたりして気の毒だあ。
六平 お前が待つて居るなれば、私も待つた居べよ。ああに、太田屋で一二杯飲む分にや、知れたもんだ。やれ、どつこいしよ。六郎め、よくねぶつてけつから。ああ、酔うたわ。(笠太郎は、さう云ふ六平太を憎さげにチロチロ睨んで、ヂレてゐる)うーい。ああ、本年も、もう秋だのう。こら六郎、もうチツトそつちへ寄らんか。いやあ、甚次公も、えらい骨を折らせる男よ。早いとこスパツと帰つて来ねえかのう。丸二日ぢやからねえ、こいつは二日分の手間代だけはおごらせんならんなあ。ハハハ。束京へ出ると、苦学をして、夜の実業学校ば卒業したと云ふなあ。そいで、その銀行につとめてさ、初めは、どうせペイペイぢや、そこがそれトントントンと段々にのう。ハハ。そもそも甚次君と云ふ青年は、以前からして、ほかの子供とは少し違うて居た。私は伯父として、当時から――(とベラベラと埓もなく喋りまくる)
笠太 (さえ切《ぎ》つて)お言葉中でがすが、区長さん、あんた甚次の伯父かね?
六平 しかしまあ、伯父見たいなもの。左様、あれの死んだ母親の叔母が内の大伯母のいとこだ。私あ伯父として当時から、これは仕向け方一つで物になると――。
笠太 お言葉中でがすが、あんたが伯父なれば、此の私あ、あんかね?
六平 あん?(話の腰を折られて、急に口をつぐみ、見上げ見下して相手を睨みつける)ふうーん。(二人は毒々しい程の眼付で睨み合ふ。その間も六郎が寝こけてゐるのは勿論のこと、クミの方も、父と六平太のこんな争ひは何度も聞いて飽きてゐると見えて先刻からコクリコクリと居眠つてゐる)(短い間)
六平 私が伯父であれば、お前、御迷惑〈で〉がすかい?
笠太 ……私が伯父であれば、あんたさん、お気に召さん向きがお有りかいや?(両人の言葉が丁寧になつたのは、それだけ感情が険悪になつた証拠なのである――間)
六平 ……ハハ。私あ区長やつとんぢやから、区から成功者が出れば、名誉じやから歓迎もする訳合いでのう。
笠太 全くでがす。(と殆んど呪ひを込めて言ひ放つて)私あ、血こそつながつて居らんけどもが、伯父ぢやから、とにかく伯父ぢやから、伯父としてあやつをもてなさんならんと思うとります。伯父として――。(二人それつきりフツツリと黙る。今迄互ひに睨み合つてゐた眼を双方そらして傍を向いてしまふ――間)
六平 ……(せき払ひをして、今迄とはまるで違つた調子で)高山の林ん下の二段田は妻恋一の上田ちう事は皆が知つとる。(とまるきり出し抜けな事を言ひ出すのである)ところが、登記をすんのに三百両ぢやからな、ま、そこで高井の染谷君も二の足をふむ道理か。ハハ。
笠太 (これも別の事を言ふのである)染谷々々と言ふけれどもが、家屋敷から田地|悉皆《しつきやあ》、農工銀行に抵当に入つてゐる上に、篠町の月田の穀問屋へ二重に入つとるげな。内輪を見れば似たり寄つたりだ。他人の世話あ焼かんものよ。のう。ハハハハ。
六平 (カツとして向き直つて)お前、皮肉ば申さるるかつ! 染谷に私が借金しとるのは、嘘でないとも! しかしぢや、私の手元が都合つかんで染谷の方で裁判沙汰にしようとまでなつたと言ふは、肥料代三月も溜めて居る上に耕地整理の際のカカリまで未だに払へもせぬ癖に、たゞもう餓鬼の様に、よい田地とさえあれば物にしようとかかつて居る高山やお前みてえな暴の者が有るからぢや!
笠太 餓鬼とはあんでがすか餓鬼とは! そりや、そりや、あんたに借りが有る者は実正でがす。そりや、返せばようがせう? へん、返し申す、しかし、それとこれとは話が別ぢや。そもそも私等が食ふ物も食はんで、高山の方へ二段田の手附けを打つたといふものが、血の出るやうな――(皆まで言はせず、六平太いきなり立ちかける。丁度そこへ奥で自動車のラツパが鳴つて近づく)
六平 あにが、血の――(そつちを見て)お、来た! こんだ篠町からぢや!(と、口論の方は始つた時と同じく突然に打切つて左手へ走り出す。笠太郎も、これに続いて走つて消える。ラツパの音)(あとには舟をこいでゐるクミと、眠つてゐる六郎)(右手から包みを持つたトヨが出て来る。スタスタ歩いて左寄りの橋の上まで来て立停り、今自分の歩いて来た山の方をヂツと見てゐる。ヒヨイと振返つて待合小屋を認め、急にくたびれが出たらしく休んで行く気になり、その方へ歩み戻る)
トヨ はれまあ、クミちやん? 六郎さんだ。(と声を掛けようとするが、思い返してよして、黙つて、先刻六平太の掛けてゐた場所に掛ける。美しい顔だが、何分にも産後でやつれてゐる。間)
クミ あーあ。あーあ(欠伸。右手を伸して肱をポ
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