。こら、クミ、来い! あにを羞かしがつてゐるや! それ、これがその甚次だ! ハハハハ、甚次よ、これがクミぢや。見てやつちくれ。ハハハ。
六平 いやあ妻恋の名誉の段では――。
笠太 辺見一家でこれ程の出世ば――。
洋服 (すがり付いて来る手を振りほどいて、後ずさりして、呆れて見廻してから)……何がどうしたでが? さうガヤガヤと――。
笠太 はあ、俺あ嬉しくつて嬉しくつて、お前を迎へるのに昨日から此処に立つて待つてゐたわな。ハハハ、いやあ、大したもんよ!
六平 大出世だあ! 私も昨日からズツと歓迎しようと思うての、ハハ。
洋服 私を歓迎――?
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(トタンに右手から前出の高井のオヤヂが、又酒を飲んだと見えて、殆んど泥酔に近い状態で、鎌を振り廻しながら走り出して来る)
[#ここで字下げ終わり]
オヤ (わめく)検査官が、あんでえつ! 畜生! 人の怨みが有るものか無えものか! バラしてやつから、出て来いつ! 出せつ! どこさ逃げあがつたつ! 自分の手で自分のクズ米で、ドブロク拵えるのが、あにが悪いかつ!(といきなりクミの肩を掴む)
クミ キヤア!
オヤ キヤアたあ、あんだつ! 出せ、やいつ、検査官出せ、殺してやつから!
洋服 おお、お前、先刻の松川ぢやないか。殺すと?
オヤ おお殺すとも……(酔眼を近寄せて相手を調べる)フエーイ、あんただあ! はあ。(今迄の威勢はどこへやらヒヨタヒヨタ坐つてしまふ)
洋服 なんだ? えらい元気だなあ!
オヤ そ、そ、それ……いえ、いえ、その、頼まうと思うて追ひ掛けて来たでがす。わしが悪い、悪いから、今度だけは告発すんのだけは、許して下せえよ。こん通りだ、こん通りだ。(手を合せて拝む)
洋服 (笑ひ出して)人を殺すのはいかんよ。悪い事をしたのはお前さんだからな。ハハ。今度だけは今度だけはで、これで君あ三度目ぢやなかつたかな。罰金も払へんと言はれれば、私も事情には同情はするけつども、知つた上は仕方がない。
オヤ そこん所ば、こん通りだ。こん通りだ。(六平太と笠太郎は事情がわかつて見れば、待つてゐた甚次ではないので、一度にガツカリして塩をかけられた青菜の様になつてゐる。クミと六郎は、地に坐つて拝んでゐるオヤヂを、呆れて口を開けて見てゐる。待合のトヨと紙芝居も覗いて見てゐる)
洋服 私はかうしては居られん。急ぐのだ。
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(トツトと橋を渡つて左手へ消える)
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オヤ こん通りだ。(それを追ひすがり)こんだ罰金になれば牛まで売らんならん。立ち行かんです。それでなぐてさえ、飯米買ふ金もなぐて、困つてるの何ので無えだから。お願ひだ。お願ひ――(左手へ去る)
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(間)
(口を利く元気もなくして呆然立ち尽してゐる四人。六平太がフラフラ待合の方へ休むために歩いて行く)
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六平 ハーああ! ……まだ居たのかトヨ?
トヨ へい、もう直きん、行きます。(クミがシクシク泣き出す。左手で自動車の音)
笠太 (それを叱り飛ばす気もなくなつてボンヤリ下手を見てゐたが、ラツパの音で不意にビクツとして)……はあ、検査官は何処へ行くんぢやらう、区長さん?
六平 そんな事知るかえ。……甚次は来ねえわ。
トヨ 今の人は妻恋へ行くと云うて乗合に乗つたですよ。
笠太 あにい※[#感嘆符二つ、1−8−75] 嬬恋だと※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
六平 そかつ! こら、いかん! (二人顔を見合せてゐる)こら、急がんと、いかんわ!(二人いきなり駆け出しかける)
笠太 さ、来いクミ!
クミ (しやくり上げつつ)乗合でなきや、いやだ。
笠太 あん大将より先い着かんならん。乗合なんぞに乗つて居れるか! 駆けるんぢや。(クミの手を掴んで走り出す)
クミ あれ! んで、甚次さんはあ?
笠太 甚次は又明日ぢや、さあ!(そこへ、黙つて六郎の手を引いて走つて来た六平太が突き当る)たツ!(混乱して)区長さん、あんたあ、お先い帰つてくだせえ、気の毒だあ!
六平 あにを申すか、貴様、二段田あ……(殆んど歯をむき出して相手になりかけるが、フイと止めて)帰つてんぢや無やあかい! 阿呆たれつ! さ、来う六郎! (六郎の腕を掴んで左へ走り去る。同じく笠太郎も、とうとう声を上げて泣き出したクミを引立てて走り去る)
紙芝 ……(驚いて待合の外に出て来てゐたが、呆れて四人を見送つてゐた後)……アハハハハハハハ。アハハハハ。
トヨ アハハハハ。アハハハ。(二人が自然に笑ひ止むと、四辺は急に静かになる。笑つた後だけに殊更に寂しくなつて、紙芝居は子を抱いたまま、再び待合に入つて掛ける)
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(間)
[#ここで字下げ終わり]
トヨ ……はあ、あんたさん、まだ行かねえ
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