出たやうな気がします。村を出て行く今日と云ふ日ぢやけれ、どうか、こらえて下せえ、よ。
紙芝 なあに、そんな事あ……。だが、余計な事言ふ様だが、相手の、その父親に当る人の事を村の人達にも打開け、当人にもそう言つて、村に居て何とか身の立つ様にして貰つたら――
トヨ 向ふは物持の息子だし、どうせ嫁にする気は有りはせん。嫁取りの話がほかで進んでるやもの。このままで居れば俺の家も分散するばかりぢやけれ、持参金の財産目あてに、俺はいやでたまらんけれども篠の穀問屋の娘を取ることになつた、お前の事がバレると何もかもぶちこわしだで、どうか助けると思うて俺の事は世間へ云ふてくれるな……さう言ふて私を拝んで泣くのぢや。……拝まれたつて私あ元の身体にはなりはせぬ。……しかしこれを世間へ打ち開けてその男ば困らせて見たところで、元の身体にならぬは同じぢや。ハハハ、私には同じことだもの。ウンと言ふてしまうたでさ。ハハ。私あ小せえ時からのツムジ曲りだ、人の情にすがつて楽をするよりは、八つ裂きにされた方がましです。久保多へもその気で行くですわ。ハハハ。
紙芝 ……八つ裂きにね? ……えらいなあ。そこへ行くてえと私なざあ……。
トヨ 自分の事ばかり喋くつてゐたが、あんた様、紙芝居とやらで――。
紙芝 ハハ、いやどうも。自分で自分の気が知れないんだ。商売なんかぢやない。ウロウロして歩くのに都合が好いから、やりはじめた。何をしていいかわからないんだ。……半年前までは、これでもチヤンとツトメを持つてゐたんです。そこをチヨイとした事、さう、知つた男に金を十円貸してやつた。軍需品工場の事務員だつたが、それが赤だつたと云ふのだ。なに私は直ぐ警察から戻されたが、社では否も応もない、首になる、女房が病気になる、此の子を生む、後直ぐ死んぢまふ。ボンヤリしてしまいましてね。悲しいと云ふんぢやない、八つ裂き、とまでは行くまいが、四つ裂き位にはなつたかね、まあ筋が抜けちまつた。もともとイクヂの無い男なんでしよう。そいで一度ヂツクリ、とまあ……そいでかうして居ますよ。ハハハハ、ムキになつて働いても、どうせどうにもなるもんか、と、まあね、ハハハハ。もつとも、此方で働く気でも、さうでなくても失業地獄の当世に、子持の上に、シンパ嫌疑で首と云ふケチの付いた男だもの、片つぱしから、相手にもなつてくれない。ハハハ、そいでとうだう、旅費も無しね、自分にも思ひもかけない、かうして――(と忘れて手に持つてゐたハーモニカが眼について吹き鳴らす)
トヨ まあ! ハハ。
紙芝 (声色)生れ故郷の沓掛宿、はるかに望む秋の野を、泣くな泣くなよ太郎吉と、ひたすら急ぐ時次郎、てなわけだ。ハハハハ、ハハハハ!
トヨ ハハハ、ハハ、のんきでえゝわいね!
紙芝 のんきだあ! ハハハハ、のんきだあ! ハハハハ! (哄笑するが顔は泣きさうである)
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(左手から、洋服、ゲートル姿の男が楊枝で歯をせせりながらツカツカ出て来る。一度橋の上に停つて時計を出して見て、それから陽を見て、ブツブツ呟いてから、待合の方へ。中の二人をヂロヂロ見る)
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洋服 ……あんた等も妻恋行きかね?
紙芝 (涙を指で拭きつつ)へえ? いいえ。
洋服 妻恋行は、たしかもう一度出る筈だね?
紙芝 さあ。(トヨに)出るんですか?
トヨ へえ、五時のが出る。(紙芝居に)あんたさん、どつちへ行くん?
紙芝 へえ、さあ、と……妻恋――村の高井に祭があるさうで。さう、高井へ行きませう。
トヨ 祭なれば妻恋のお薬師さんも今夜が宵宮だで。
紙芝 いや高井へ行きますよ。
洋服 五時半はもう過ぎとる。どうも時間が不確かでいかん。此処で待つて居ればええかね?
トヨ 五時の妻恋行は、お客が一人もなければ、行かねえ事も有つから、行くんなら下の車庫ささう言つとかんと、いきませんが。
洋服 そら、いかん。そら、いかん!(と左手へソソクサ行きかける)
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(そこへアワを食つて左手から走り出て来る六平太、笠太郎、クミ、六郎の四人。洋服の男とバツタリ出くわす)
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六平 (息を切りながら、相手を見上げ見下し)はあ、すると云ふと……はあ、これだ、これだ! 早道をしたで行違いになりをつた!
笠太 こ、こ、こりや! こりや立派になつたのう、甚次! 面突き合しても、こいでは甚次たあ解らんわえ! ほう! 立派になつた、立派になつた! 甚次よ!
六平 (負けないで)はあ、立派なものだ! 出世したもんよのう! 甚次君、六平太の小父だやう! どうだい、辺見甚次君だ! 万才々々!
六郎 バンザーイ。バンザーイ。
笠太 甚次よ、あにをボンヤリして居る。伯父の笠太郎ぢやが! よかつた、よかつた、私あ、私あ、なんぼう嬉しいか解らんぞよ
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