そもそもあの二段田の落着き先と云ふもんは――。
笠太 お言葉中でがすが、お言葉中ぢやが――。(その時右手から野良着のままのオヤヂが酔つてユデダコの様に赤い顔に手拭ひ頬被り、右手に大型の稲刈鎌の光つた奴を握つて、気が立つてゐる様子で小走りに出て来る)
オヤヂ 逃がしはしねえぞつ! 畜生! 待ちやがれ! (言ひながら、待合に飛込む。アレと叫ぶクミ)やいやい! (自分の顔を相手の鼻先に突き付ける様にして、五人の顔を順々に覗き込む。しまいに寝てゐる六郎の顔まで覗き込むが、目的の顔にはぶつつからぬと見えて)畜生、どこい行きあがつたのだ! 出ろ、出て来い! (外へ飛び出る)他人からクスネたこうじ[#「こうじ」に傍点]で拵えた酒ぢや無えのだつ! よけいな世話あ焼きあがつて! 告発するが聞いて呆れらあ! へん、おカミがあんでえつ、私等のたつた一つの楽しみば、告発だとつ! クソツ、見付けたら最後、うぬの首あ、かつさばいてやつから見てやがれつ! 人の怨みが有るものか無いものか!(キヨロキヨロ左右を見た末、持つた鎌で何かを散々に斬る真似をしてから再び右手へ走つて行つてしまふ)
クミ あんだえ、あの人※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
六平 酒ば告発だなんて言つてるが、まさか検査官が来たんではあるめえな?
笠太 へーい! 検査官? すると――(眼の色を変へてゐる)
六平 今のは確か高井村のなわ手の小作だ。しかし、まさか――。
笠太 チヨツクラ、私訊ねて来て――。(右手へ行きかける。そこへ左手の方で自動車が着いた音とラツパ。それを聞くや六平太はその方へ行きかける。笠太郎はどつちへ行つたものかと右へ四五歩、左へ三四歩ウロウロ迷つた末、六平太の後を追うて走り出す。トタンに出しぬけに大きな声で仇六の歌声。六平太と笠太郎はビツクリして立止つてしまふ)
(酔つて歌ひながら、踊つて左手から出て来る仇六。左肩には、空になつたマユ袋をしばり付けテンビン棒をかついでゐるので、踊ると云つても右手を差上げたり、腰をグラグラさせるだけのものである)
仇六 はあーあ、踊る阿呆よ、踊らぬ阿呆、同じ阿呆なら踊らんと損ぢやい、と。トコドツコイ、ドツコイサ! 踊らんと損ぢやい。トコドツコイ。おい君、こら、吹きなよ、ハーモニカ吹かんかよ、おい君、紙芝居君!(後ろを振返つてわめく。見ると、みすぼらしい和服の三十歳位の男が、背に幼児を負うて、仇六について出て来る。仇六から、おい君吹かんかよと言はれて、困つて笑つてゐるのである)吹けえオイツ! 吹かにやかつ!(男、仕方なく持つてゐるハーモニカを二声三声吹く。仇六は踊る)ハ、ドツコイドツコイ、ドツコイサ、音頭とる子が橋から落ちたあ、流れながらも、音頭とる、ハ、ドツコイ……。あれえ、なぜ吹くば止すのだつ?
紙芝 (弱つて)此の子が目を醒して泣きますから。
仇六 かまん、かまん! ハ、ドツコイ……。
六平 仇六、今帰るか? えらい景気だの!
仇六 はあ、区長さんかね? 景気も景気、大景気さ。家中の者、夜も日も寝ねえで夏中かかつて出来したおカイコが、いぐらだと思ふ? へん、いぐらだと思ふ? へん、大枚十四両と二分だあ。問屋場ぢや一円七十銭の値が崩れようとしてけつからあね。大枚十四両と二分だあ! どうでい、大分限者だぞつ!
笠太 ヘーイ、さう言ふ事になつて来たんかのう!
仇六 桑の代だけも十両ばかかつてゐるんだぞ。へん、俺あ泣けて来たで、泣く代りにドブロクひつかけて来たんぢや。景気が好いのがあにが悪いかつ! 俺あ十四両の大分限者でい!
笠太 私んとこも、そいでは、早く秋蚕の始末にかからんと。
仇六 はあ、お前は笠太郎のオヤジでは無えか! どうだ、その甚次公の金持ちは戻つて来たのか? 戻つて来たら、うまくハメ込んで、借金やら二段田やら、いろいろ金え引張り出さうと云ふコンタンか知らねえが、さううまく行ぐかのう? どだ? うまく行つたら、銀行ば立てろ。な! そして抵当なしでドンドン金貸してくれ。頼むぜ。妻恋農工銀行ちうのだ、ええかつ! 妻恋農工銀行万才! 万才!(その間に、はじめビツクリした後、モヂモヂして皆を見廻してゐた紙芝居屋は、休息するために待合の方へ行きかける)
六平 仇六、お前、篠町から乗合で来たのか?
仇六 誰があ! 半額にまけろといくら掛合うても、まけくさらん。歩いて来たでさあ。此の人と、なあ(と男を目で捜して、歩きかけた男の肩を掴む)吹けよ、おい君!
紙芝 くたびれてゐるから。
笠太 甚次らしい若い男、篠町辺で見かけなんだか?
仇六 知らん。知るもんか。へん、笠太公、お前あんまり慾の皮突張らすのよしな。お前の待ちこがれて居るのは、甚次で無くて、甚次の金だろが?
笠太 阿呆つけ!
仇六 へん。そいで無かつたら、甚次が、――さうだ此の人であつても
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