入りそうにはないところの「ブルジョア気質」を識別したり言い立てたりすることは困難であるし、そして実を言えば好ましいことでも無い。まったく、こうしてこれを書きながらも私は、なんという言いにくい事を、「悪趣味」に、言おうと俺はしているのだろうと我れながら不愉快に感じながら書いている。
 しかし早かれおそかれ、いつかは誰かが、これは言わなければならぬ事だと思う。それに、私の目には、そう見えるのだ。そう見えることを、そういうことは、しかたの無いことであるばかりで無く、ムダな事では無い。自分勝手な例を引くならば、童話『ハダカの王様』における子供のように、王様がハダカに見えたらハダカと言い切ってもよいし、言い切った方がよい。万一、実は王様はキモノを着ていたのだったら、その子供の目は節穴だったという事になるだけだ。宮本のブルジョア気質を指摘する私の指摘にまちがいがあったら、私の目は節穴だと言われてもよかろう。その覚悟はしている。
 もうすこし続ける。

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 宮本百合子という人は、これまで、かつて一度もホントの意味で「打ちくだかれ」たことの無い人のように私に見える。「打ちくだか
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