とよい。既存のものを否定するという所から出発しなかった革命は、一つとして存在しなかった。個人を見てもそうだ。その精神の幼年期において、このようなニヒリズムに取りつかれたことの無い革命家は一人としていなかった。いたら、そいつはニセモノである。
 ――ニヒリズムと呼ぶのに、正しく値いするものは、これだ。これは世界的場[#「場」に傍点]で通用する。世界的場[#「場」に傍点]で通用させたいために、こんなふうに言っているのでは無い。人間として、自然に、誠実に、論理的に力強く考えられたものは、どこの誰が考えたものでも、そのままで世界的場[#「場」に傍点]に通用するという意味で言っている。「日本製」の宦官シット的・正宗式ニヒリズムは世界的場[#「場」に傍点]では通用しない。という意味も、それが人間として不自然に、ケイレン的に、一貫性を欠いて、自分のエテカッテに、軽薄に、弱々しくしか考えつめられていないということである。同じくニヒリズムと言われながら、この二つほどちがっているものは無い。ほとんどこれらは敵同志である。たとえば、普通ニヒリズムの反対物だと考えられている肯定的思想体系である社会主義や共産主
前へ 次へ
全274ページ中64ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング