るがごとく。――ザッとそんなものであろう。
 これは、正確にはイズムでは無い。或る種の人生観照の態度の習慣化したものとでも言うのが一番当っている。精力と論理と一貫性を欠いたソフィストリイの堆積である。だから、合理的、論理的な追求には耐え得ない。それだけに又、合理的・論理的な手段では破砕することは不可能であり、いつまででも生きつづける。そして、いつまで生きつづけても、なんにも生み出して来ない。つまり、この手のニヒリズムは、生命力の欠如ないしは稀薄から生まれたものである。
 ホンモノのニヒリズムは、そんなものとは、まるきりちがう。これは、生命力の過剰と充溢から生まれる。エネルギイを自己のうちに持つ。いろいろな行動の動機になり得る。空虚は、爆発直前にできる真空だ。爆発は対照物を徹底的に粉さいするまでやまない。同じくフィリスチンの敵ではあっても、これは、他人のうちのフィリスチニズムを撃破するのと同時に、それと同じ程度の無慈悲さでもって自分のうちのフィリスチニズムをも撃破する。ために、時によって、自分そのものまで撃滅してしまうがごときパラドックスさえ演ずる。観念が肉体を裏切ることを許さない。肉体
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