実際に世間人として他人との人づきあいに差しつかえる程のものでは無い。せいぜい、キゲンが悪いという所。そういう事をくりかえしているものだから、肉体のオルガニズムも、精神のオルガニズムも、ひどく弱まってしまい、そして弱まってしまった状態で、なかなかタフになり、永つづきがする。眼だけは鋭くなり、或る種の批評能力だけが発達する。或る種というのは、この批評からは、なんにも生まれて来ないからだ。何かをほめても、何かをくさしても、ただ灰色の言葉で「そんなふうな事を言ってみる」だけで、正確な価値はなにひとつ生まれて来ない。なにもかも、つまらなそうな事を言いながら、どうして、それほどつまらなそうでも無く生きる。現世を見る目は、ひどく公平で冷静であるようでいて、そして実は深いところで、それはシット心に支えられている。しかも、それは宦官《かんがん》のシット心である。キンヌキ馬のシット心である。「じゃ、代るから、てめえ、やってみろ」と言われても、やれはしない。それだけに、いつまでも果てしなく永続きがする。――そう、だから、二重の意味で、物を見る目は公平で冷静だとも言えないことも無い。宦官やキンヌキ馬が冷静であ
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