して昔の日本人も持っていた――今でも少数の日本人が持っている――思想と行動の一貫性、初一念への執念深さ、自分が自分に背負わした荷物への保持力、なかなか食いつきはしないが一度こうと思って食いついたら最後首が飛んでも離さない歯の力――一言にして言うならば、自分のイノチの処理のしかたのシブトサを見につけることである。
それを戦後派作家たちが、多少はやってくれようかと期待していた。期待は大き過ぎたかも知れぬ。いずれにせよ、期待はほとんど完全に近く裏切られかけているらしく見える。とにかく、ニヒリスティックな小説を五つ六つ書いた末に不意に「進歩的」になっちゃって共産党に入党した作家や、又はその逆に入党して半年もたったら忽ちその共産党にも疑いを持ち、持ったトタンに党をやめたりサボったりする作家や、あれこれの美学や科学や芸能やヴォキャブラリイをすこしずつかじり集めてそれらをシカツメらしく又シャレた取り合せで並び立てたりデングリがえしてみたりする事が「近代的」な創作のしかたであるとしている作家や、作品の中ではゴロツキやインバイや闇屋や分裂患者やその他やりきれない人間ばかりを、ムヤミと暗い、ないしは暗い
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