遁世」の動機に対する執念深さ、そのニヒリズムへのこびりつきかたの持続力。徳川期における平田や本居などの国学者たちの骨組の重さ厚さ。又、ワビやサビの本家である千利休でさえも、秀吉と闘えば、あそこまで闘えた。さらに戦国時代や鎌倉時代の武士や文化人を見ても、もっと善悪ともに徹底的な、もっとシブトイ姿が、いくらでもある。上代にさかのぼれば、さらにそうである。すくなくとも、弱さや浅さやモロさや淡さは、べつに日本人本来の特質では無い証拠がいくらでもある。日本人は近代になってから特に弱く浅くモロく淡くなったのだ。その原因の検討は興味ある仕事となるだろうが、今ここで私のする仕事では無い。ただ、そのような弱く浅くモロく淡い見本を、ホントウから言えばそのようではあり得ない条件と前提を背負って出発した筈の戦後派作家たちに認めなければならなくなって来つつあるのは、意外で心外だ。
 われわれは、一日一刻も早く世界的場[#「場」に傍点]に出抜けなければならぬし、出抜け得ると思う。それに必要なことは、カントのようにマルクスのようにデューイのように考えることでは無い。そんな事は大した事では無い。彼等が持っている――そ
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